第146話 さんにんぼっち

 結果から言うと、賢一は人間にしては良く戦えた。

 本人がかつてペストだった、そして空手の黒帯を持っていたからかもしれない。いずれにしろ、脅しのためにしたお遊びのような女の攻撃は避けることができ、あごを砕くことさえできた。だが、目を潰そうと振りかざした拳は捕まれ、賢一は投げられた。


 背中の痛みに呻きながらも、彼は立ち上がる。女は彼の生命力に驚き、苛立ってもいた。もう一度攻撃し、なんとか相手を転ばせたとき、女は激怒する。彼女は賢一の首を掴むと、炎と風の力を合わせ、巨大な爆発を引き起こした。


 その爆音は真莉の耳にまで届いた。そのとき彼女は、父親も恐らくもう生きていないのだろうということを理解した。


 真莉たちは必死に走った。肺が痛くなっても、燃える住宅街から逃げることをやめなかった。


 だいぶ離れたところへ来たが、いまだ住宅街から上がる煙を見ることができた。少しの間休むことにして、川の近くのサイクリングロードとなっている道の上に座り込む。


「もうやだああああああ」


 そこで怜が泣き出した。仕方がない、今日起こったことは、小さな子には重すぎるのだ。


「おうち帰りたい! ママは? ママは怪我治ったら帰ってくるよね! お父さんも来るでしょ?!」


 長女は答えられなかった。母親がもういないことは彼女にはわかっていたが、怜にこれ以上残酷な事実を教えることなどできなかった。一方の翔はただ静かに、弟を見ている。


「大丈夫だよ、怜。三人でおばさんのおうち行けば、ママもお父さんも来るから」


 真莉はふと財布を取り出した。これが今後助かるための唯一のカギだ。これでおばさんの家まで行く。


「翔、怜、駅行こう」


 彼女が歩き出そうとしたとき、男が通りかかったと思ったら、真莉の手から財布を奪い取り一目散に逃げ出した。


「あ! 待って!!」


 真莉は追いかけようとするが、子供が大人に追いつけるわけがない。さっき走ったのもあり、少女は疲れ果てて動けなくなってしまった。


「そんな……」


 彼女は座り込み絶望する。だんだん彼女の心を、悲しみではなく怒りが染めていく。髪が黒くなった。


「ひどすぎる……なんで財布取ったの……返して!! 返してよおおおおお!!!」


 彼女が叫んだと同時に、炎が周りに一瞬広がり、草を一気に焦がした。自暴自棄になった少女はなにもせず、ただうずくまってそのまま泣き出した。弟たちは心配になって彼女を囲む。


 そのとき、一人の背の高い女が通りかかる。髪は長くて黒く、目の色は雪のように白い女だった。


Helloこんにちは


 彼女が話しかけて、真莉は顔を上げた。自分たちの母親が外国人だったのでそこまでおびえなかったが、強い警戒心は抱く。

 そのまま女は少し英語の単語で話しかけてみたが、少女たちは首を傾げるだけだった。


 女はアプローチ方法を変更することにした。彼女はふとどこかへ行く。そして数分後に、店の袋を持って帰ってきた。中には三つの菓子パンが入っていた。

 女が差し出すと、お腹の空いていた翔と怜はすぐに飛びついた。真莉は警戒していたが、弟たちが嬉しそうに食べているのを見ると、恐る恐るだがパンを手に取った。


「Where is your mom and dad(お母さんとお父さんは)?」


 真莉は「ママ」という単語を聞き取り、小さく首を横に振った。長身の女は小さなため息をついた。


Come on行きましょう


 女はふと三人を抱きしめると、瞬間移動の能力を使った。一瞬景色が歪むと、次の瞬間にはどこかの家にいた。三人姉弟は困惑して顔を見合わせた。

 女はここにいてねというジェスチャーをすると、またすぐに消えていった。

 三人はどうしていいかわからず、とりあえず近くにあったソファの上に座る。翔と怜は疲れ切ったのか、眠り込んでしまった。






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