第145話 悲劇

「ママ……?」


「しっ、静かにして。今すぐここから出るよ」


 彼女は三人を連れ、雑木林から出ようとする。だがもちろん、プロである安保隊の視線から逃れることはできなかった。


「いたぞ!」


「追え!」


「走って!」


 母親は三人に呼びかけた。


「絶対に振り向いちゃダメよ! 走って!」


 全員無我夢中でその場から逃れようとする。しかし、途中で怜が転んでしまう。


「怜!」


 彼の姉と兄はすぐに立ち止まる。母親は安保隊の攻撃からかばうような恰好を取った。兵士たちはまっすぐ怜たちを狙おうとする……が。


「……無理だ」


 彼らのうち一人が銃を下げた。


「……おい!」


「無理だ、俺には無理だよ。子供は殺せない。いくらなんでもこれは間違っている!」


 その間に母親は怜を立ち上がらせた。彼女の顔や腕にはいまだガラスのかけらが刺さっている。痛んだが、そんなことは子供の安全と比べればどうでもいいことであった。


 一人目の兵士たちに続いて、次々と他の人たちも葛藤する表情を浮かべながら、銃を下ろしていった。母親は一瞬油断しかけるが、そこで兵士たちの奥から別の影が現れたのを見る。


「怜!!」


 彼女は次男を押しのけた。パンッと重い音が響く。アレクサンドラはその場に倒れた。頭部からは血がでている。


「マ……ママ……?」


 子供たちは何が起こったのかを理解できなかった。母親の頭からゆっくりと地面に広がる血を見て、彼女が死んだと先に判断できたのは一番年上の真莉だった。そのとき、彼女の髪が突然金色になった。


「ッ……なにしやがる!」


「関係ない一般人を殺してしまったじゃないか!」


 兵士たちは母親を撃った犯人を日本語で罵り始めた。だが、相手は外国人兵。おそらく近くのアメリカ軍安保隊基地からやってきたのであろう。

 外国兵は顔を一切変えず、そのまま真莉たちに銃を突きつけた。固まってしまい、動けなくなった子供たちに声が響く。


「子供ら! こっちだ!!」


 父親だった。そこでやっと真莉たちは生気を取り戻し、彼のところへ向かう。アメリカ兵は撃とうとするが、他の日本兵たちに抵抗されてしまった。

 外国兵が他を投げ倒して、やっとペストの処分ができると思ったそのとき。地面に大きな羽の影が映る。


 刹那、それは風と氷を発生させ、兵士たちを突き刺した。

 すべての隊員たちは吹き飛ばされ、負傷する。影は静かに降り立ち、翼を閉じた。


 それは黒髪の女で、純日本人ではないことが伺える顔立ちをしていた。彼女は三人姉弟とその父親のほうをちらりと向く。何かを思い出したのか、女はわずかに顔をしかめた。

 真莉たちのすぐ近くに住宅街があったが、そこに住んでいた住人たちは負傷した安保隊員たちを見つけると、パニックを起こし始めた。そこで女はめんどくさいと言わんばかりの顔をする。


 彼女はふと右手を上げ、輝く小さな火の玉を家々へ向かって飛ばした。


 ドカァァァァン!!!


 凄まじい轟音がしたと思うと、たくさんの家が一気に崩れ、激しい炎が燃え上がった。いったい今の一撃で何人の人が死んだというのだろうか。


 子供たちは悲鳴を上げて、父親の後ろに隠れた。近くの地面にはいまだ、動かなくなった母親の体がある。

 女はなにも話さないまま、ゆっくり四人に近づく。


「来るな!!」


 父親は叫んだ。相手は止まったが、嘲笑の息を吐いた。


「愚かな父親め。私にその子らを渡せ。安保隊と違って殺しはしないぞ。同胞だからな」


「やだ……」


 翔は父親の服をぎゅっと掴んだ。賢一はどうすればいいか少し悩む。

 目の前の存在は邪悪なものであることには違いない。だがこのまま子供たちが安保隊に殺されるよりはマシなのではないか? たとえ彼らが人殺しになろうとも、本人たちが死ぬよりはずっといいのではないだろうか。


 いや……。賢一はふと自分の若い頃を思い出す。今までたくさんのペストのテロ組織に出会ってきたが、彼らの末路はすべて同じだった。


「真莉」


 賢一は長女に話す。


「おばさんの家へ行ったことは覚えているか……」


「うん……」


「そこまで弟たちを連れて行くんだ。こいつはお父さんが止める。今はとりあえず逃げなさい」


 父親は財布を少女に握らせた。


「で、でも……」


「父さんは後で来るから。ママに言われた通り、能力はできるだけ隠すんだ。怒ったり、泣いたりしてはいけないよ。落ち着いていればいいだけだからな。そうすると、自然と能力は引っ込む」


 賢一はそう言うと、三人を撫でた。


「俺が行った瞬間、すぐ走れ」


 父親は一歩踏み出した。


(能力さえ残っていれば……もっと善戦できるのだろうが……)


 だけれども親の使命は子供を守ること。たとえ少しの時間稼ぎにしかならないとわかっていても、戦わなければならない。


 賢一が女に向かった瞬間、子供たちは全力で走り出した。


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