第144話 孵化
幸いブロック塀のすぐ近くには住宅街があり、悲鳴を聞きつけた住民たちがすぐに三人の救助を始めた。石の下からすぐに土埃に汚れた子供たちの体が見つかる。全員意識を失っていた。
「早く救急車を呼べ!」
吹き出してきた水に隆起してきた道路のせいで、救急車が来るのにはしばらく時間がかかった。車を待つ間、少年のうち一人の髪の毛の色素がだんだんと薄くなっていった。住民たちは不思議に思ったが、彼らはペストについての知識もなにももっていなかったので、きっとブロックが落ちてきたショックによるものだろうとした。
いずれにしろ、三人はすぐに病院に運ばれた。
真莉が目覚めて最初に見たのは、病院の白い天井であった。何があったのかを思い出してはっと体を起こす。すぐそばに同じく翔と怜がいて、少女は安心した。
だが、それと同時に金髪頭になっていた翔に違和感を覚える。なにをすればいいかわからず、ただベッドの上で座っていたそのとき、両親がやってくるのが見えた。
「真莉……!」
母親は長女を抱きしめた。
「よかった……大丈夫? 怪我は?」
「特になにも。ほら見て。きれいだよ」
彼女は手を広げて言った。しかしそこで母親が異変に気がつく。
「真莉……あんたの目……」
「え?」
わずかに緑と黄色の混じった美しい茶色をしていた彼女の目は、今や完全なる鮮やかな緑になっていたのである。
そこでアレクサンドラは夫に呼ばれる。彼の指さした先には翔の髪の毛があった。
「まさか……」
二人にこの現象の心当たりはあった。かつて彼らもペストだったからである。
「そんな……どうすれば……」
三人がペストになってしまったことが見つかれば、確実に殺されてしまう。
そのとき突然、大きな爆発音がし、病院全体のガラスが割れた。ガラスが窓の近くにいた真莉とアレクサンドラに突き刺さる。翔と怜が爆音のせいで目を覚ます。
「痛いッ!!」
つい本能から、真莉は能力を発動させてしまった。巨大な植物が壁から生えてきたと思ったら、少女を守るようにして包み込む。
「真莉ッ!!」
母親は怪我をしながらも、娘に落ち着くよう呼びかける。だが彼女は完全に恐怖に陥っていた。
そこで、新たな患者を運んできた看護師が、病室で何が起こったのかを見てしまう。
「ぺ、ぺ、ペストだ!!!」
悲鳴は廊下中を響き渡り、たくさんの人たちが走ってくる音が聞こえた。
「クソッ!」
母親は真莉の、父親は怜と翔の手を掴み、看護師を押しのけて全力で病院から逃げ出した。
外に出ると、あちこちで煙が昇っているのが見える。賢一は一人のペストが飛んでいるのに気付いた。
「これは……地震なんかじゃない。ペストの襲撃だ!」
5人はとりあえず走り続けた。もうすっかり夜であった。途中、数人の住民らがガラスが刺さったままの母と娘を心配したが、それを無視して突き進んだ。
しばらくして誰もいない雑木林に入り、そこで休むことにした。日がだんだん落ちてくる。
「いっ」
母は真莉からガラスのかけらを取る作業をした。傷だらけだった彼女の顔や肩は、すぐに再生した。
「ほら見て。すぐに治ったでしょ?」
ロシア語で彼女は言う。
「……なんで?」
「あなた、だけじゃなくて翔や怜もね、能力者になったのよ」
「能力者ってなに? ペストのこと?」
少女は尋ねる。彼女にとって、ペストとは敵ではなかった。親が自分たちがペストだったときのことや、ペストと友好だったときの時代について、良く話していたからである。
「そうよ、あなたはペストになったの。第一能力は植物らしいね」
「へえ。翔と怜のは?」
「翔は水、怜はきっと炎ね。お父さんと同じ」
二人の少年は自分の手を見つめた。翔がそっと地面に触れてみると、手のひらのまわりの草が凍っていった。
「わあ……」
「僕も!」
怜も目を輝かせながら、手を地面につけた。怜の目が一瞬青色に変わる。翔ほど広い範囲ではないが、また植物が凍った。真莉はうらやましくなり、自分も地面に手を付けてみた。
「あれ、何も起こらない……」
ちゃんと氷をイメージしたのに、なにもできなかった。悲しそうな顔をした少女の頭を、母親はぽんぽんと撫でた。
「そんなに落ち込まないで。それに、本当は魔法ができることは隠しておかなければならないのよ」
「なんで?」
「魔法ができることに気づかれてしまうと、兵隊さんたちから追われてしまうからよ」
「なんで追われるの?」
怜は不思議そうに尋ねた。
「人を傷つけるために魔法を使う人がいっぱいいるからよ。あなたたちもいつ誰かを傷つけてしまうかわからない。だから普段は隠しておいて、自分の命に危険が迫った時だけ使うのよ」
「どうやって隠すの?」
質問した翔に、アレクサンドラは微笑んだ。
「まず深呼吸をして。目を閉じて自分を落ち着かせる。楽しいことを考えるの」
三人は言われた通りにする。すると、色の変わった髪の毛や目が茶色に戻っていく。
「わあ、ほんとに治った!」
翔がびっくりすると、両親は思わず笑みを浮かべてしまう。
「よし、そろそろお腹空いただろう。近くの店で何かが残ってないか、確認してくるよ」
父親はそこで立ち上がる。
「うん、わかった」
賢一は出かけて行った。アレクサンドラは彼の背中を不安そうに見つめる。
そのとき、彼女は誰かの足音を聞いた。一人ではない。数人だ。
母親は警戒しながら木の陰から静かに覗く。
やはり、安全保障隊が武器を持ちながら、入ってきていた。
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