カメリアの過去 人間界にて

第143話 あの日……

 2017年、3月のとある休日の昼。篠崎家の末っ子、怜は突然ブチギレた。


「もうつまんない!! 遊びたいいい!! 外行きたいいいいいいい!!!」


 8歳の彼はじたばたと床の上で転がった。12歳で、髪を二本のおさげにしていた真莉は、腰に手を当てて少年をたしなめようとした。


「怜、うるさい! お父さんとママは疲れてるの! 行けるわけないでしょ?!」


 別の部屋からはパソコンをいじっていた翔が、叫び声を聞いてにゅっと顔をのぞかせた。一方、篠崎家母、ロシア出身のアレクサンドラ(愛称はサーシャ)は困ったような笑みを浮かべた。彼女は輝くような金髪とサファイアのような目を持っていて、顔は篠崎翔とよく似ている。

 彼女の隣には父親である賢一が座っている。彼はなんというべきか、怜と瓜二つであった。まるでクローンのようだったのである。違いは眼鏡をかけているところと、口の形くらいだろう。


「お前たち三人で行ったらどうだ?」


 父親は提案した。怜はその案を気に入り、すぐに目を輝かせた。


「そうだよ! 三人で行こ! お姉ちゃんも、お兄ちゃんも!」


「えー?」


 翔は不満そうな顔をした。


「僕ゲームしたかった」


「一日中ゲームしてたら目が疲れるよ。たまには外で遊んだら?」


 母に言われ、渋々兄は外着に着替える。昼過ぎに三人は出かけた。

 運動好きな怜に比べ、体を動かすのは嫌いな兄と姉であったが、不思議と遊ぶ相手が兄弟であったときは、それさえ楽しむことができた。

 日がだんだんと沈みかけていたとき、真莉は渋る怜を引っ張りながら、家へ帰ろうとした。


 道の途中、三人は中学校のブロック塀の横を通りかかる。


「お姉ちゃん、小学校卒業したから、来年ここに行くの?」


 末っ子は真莉を大きな目で見上げた。


「そうだよ、多分忙しくてあんまり遊べなくなっちゃうね」


「ええ……、やだ」


 翔が悲しそうに俯いた。真莉は慰めるように、ぽんぽんと弟の頭を撫でた。


「しょうがないよ、これからは勉強が大事になるし……それにあんたどうせそんなに私と遊ばないでしょ」


「……そんなことないもん!」


「はいはい」


 そこで突然、激しい揺れが辺りを襲った。


「地震ッ?!」


 三人は動こうとしたが、あまりにも強い揺れは彼らに動くことを妨げさせた。真莉は母親にブロック塀が危険だと言われたことを思い出した。


「怜! 翔! 手を握って!」


 少女はなんとか走ろうとしたが、やはりそれは成功せず、三人一緒に転んでしまった。そこでブロック塀が音を立てて、そのままバタンと倒れてきた。


「ああああああああああ!!!」


 真莉の甲高い悲鳴をかき消すようにして、石はそのまま姉弟を潰す。そこで長女の意識はぷつり、と消えてしまった。

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