第142話 名を持たぬ少女

 真莉はため息をついたが、霧月ブリュメールの言葉が正しいことをわかっていた。彼女は明日には復帰すると言って、その日は布団で過ごさせてもらった。


 だが、真莉は翌日には言われた通り、朝早く目覚め、仕事着___つまり黒い服とマントを羽織り、他の者とともに霧月ブリュメールの仕事場に集合した。

 昨日の白髪は嘘のようにこげ茶に戻っていて、普段通り、彼女はそれを太い三つ編みにして結んでいた。


「本当に大丈夫なの?」


 霧月ブリュメールの部下の一人、火と大地の能力を持つ人物である、マルチナ・アルマダ・ダシルヴァは心配そうに少女を見た。祖母が日本人である彼女はブラジルから来た。


「まあ、なんとかなるでしょう」


 そう言い、真莉は無理やり笑みを作った。


「で、今日の仕事はさっそくなんなの?」


 少女はなぜか人前にいない限り、霧月ブリュメールには敬語を使わない。


牧月プレリアールがさっそくベビーシッターをお願いしていたな。まったく俺の部下をなんだと思っているのか……」


「別にいいよ。子供の世話は得意だし。アイリスとフリッツに学校の準備させてから行くね」


「ああ、頼んだ」


 アイリスとフリードリヒ(愛称はフリッツ)は霧月ブリュメールの班が育てている子供のことである。熱月テルミドールの意向で、組織の若いメンバーたちは率先して子供を育てなければならないルールがあるのだ。


 この島には養育所的なところがあり、親のないペストの子供たちがそこで養われている。若いメンバーたちはそこへ行き、子供を一人選んで自分の兄弟や子供として育てるのだ。ちなみに将来結婚を約束する異性のパートナーがいる場合、それはしなくてよいことになっている。

 だから同じく霧月ブリュメールの部下で、闇と火の力を所有している、赤道ギニア人の両親を持つ、アフリカ系アメリカ人のキーラン・カマラと付き合っているマルチナは、子供を引き取る必要はなかった。


 霧月ブリュメールは黒髪の、大きく吊っている目をした男の子、フリードリヒを選んだ。名前は彼がつけたらしい。スペイン人である彼が一体どうしてドイツ系の名を選んだかは、彼は決して言わなかった。


 一方、真莉は金髪で綺麗な薄い青い目をした少女を選んだ。名前はアイリスにした。アイリスはアヤメの花の英語名で、白いアヤメのイメージにぴったりだと感じたのでそう名付けたのであった。





「おお、カメリア! もう体は大事ないかい?」


 牧月プレリアールは真莉が戻ってきたのを喜んでいるようだった。


「ええ、大丈夫です」


 少女はにこりと偽の笑顔を浮かべる。


「よかった、よかった! では早速ジェレミーを頼むぞ。私もリック_ゴホン、収穫月メスィドールも今日一日中忙しいんだ」


 牧月プレリアールはそう言うと去っていった。

 彼女は既婚者であるので、城には住んでおらず、その近くに一軒家を構えていた。その広い家の中に、真莉一人が残される。


 真莉は、家を掃除してから、牧月プレリアール収穫月メスィドールの子供、ジェレミーを幼稚園から連れて帰り、食べさせたり、遊んだりした。夜の9時になったとき、少女は寝落ちしかけていた彼を抱き、部屋まで連れて行って寝かせた。今頃自分の部屋でアイリスが少し寂しがっているかもしれないが、マルチナがいるので大丈夫だろう。

 静かな寝息を立てて、眠り込んだジェレミーの寝顔は、真莉に自分の二人の弟を思い出させた。


 少女はぼんやりと自身の過去について振り返り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る