第141話 嘘ではない嘘

 霧月ブリュメールはそれを聞き目を細めたが、特に大きく驚くことはなかった。


実月フリュクティドールが殺された?! どういうことですそれは?! 誰がそんなことをしたのです?!」


 牧月プレリアールが思わず立ち上がり、怒りの表情を見せた。熱月テルミドールは彼女を、手を挙げて静止させた。


「怒る気持ちはわかる、牧月プレリアール。実際私も腹が立って仕方がない。だがいったん落ち着いてくれ。こういうときは冷静でいることこそが一番大切なのだ」


 熱月テルミドールの言葉で、牧月プレリアールは大人しく座った。


「私は先日、実月フリュクティドールをニューヨークへ送った。からそこ付近に住んでいるフェアリー団とかいうペスト集団が、我々、そして神の計画を邪魔し、人間に味方していると伝えられたからである」


 そこで白髪の男は手をかたく握った。


「この世界でたくさんのペストたちが人間の手にかかり死んだというのに、奴らの味方をするなんてことは許されない。それは『神の僕』に歯向かうことをも意味するのだ。だから私は十分対処できるだろうと思った実月フリュクティドールを送った。だが三日後、情報担当から彼女がフェアリー団に殺されたことを知った。……もっと私が慎重であればッ、忠実なる神の僕の一人が死ぬことはなかったのにッ」


 最後は呟くようにして、熱月テルミドールは呻いた。白い髪の半分が黒に染まったが、彼は自分を落ちつけさせ、またもとの白銀色に戻した。


「情報担当は自分のほうでもフェアリー団を始末する手はずを整えると言っていたが、こちらでも奴らを消すための手段が必要になりそうだ。そういえば、霧月ブリュメール。君は去年の葡萄月十月上旬ごろにペスト売買を行っていた組織を潰しに、ニューヨークまで行っていたな。誰かフェアリー団っぽい者を見かけたり、接触したりしたか?」


 霧月ブリュメールは少しの間だけ黙った。


「……いえ、はいなかったです」


 彼は、柑子色の髪をし、熱月テルミドールの近くに座っていた葡萄月ヴァンデミエールをちらりと見ながら、そう発言した。


「……そうか」


 熱月テルミドールはそれ以上追求しなかった。





 あまり生産性のなかった会議が終わり、霧月ブリュメールは黙って自分の仕事部屋に戻る。

 扉を開けて入ると、先ほどの髪を結んだ褐色の男と、カールしたチョコレート色の髪を高く結んだ女が座っていた。両方ともあまり明るくない顔をしている。霧月ブリュメールは、彼らがだいたいなんのことで悩んでいるのかを察した。


「……カメリアは?」


「全然よ。まったく何も食べてくれない。ずっとベッドの中にもぐりこんでいるわ」


 女がため息をついて答えた。


「そうか……」


「デルマーが起こしにいったらどうだ? なんか効果があるかもしれないぜ」


 今度は男のほうが自分の上司に言った。


「そうだな、キーラン」


 霧月ブリュメール____またの名をデルマー・ゴメスという____は職場と通じている三つの扉のうち左のほうをノックした。


「カメリア、聞こえるか?」


 彼は呼びかけたが、返事はない。


「……開けるぞ」


 ぎぃっと小さな音を立てながら、青年は扉を開いた。

 部屋はそこまで広くなく、ちょうど二人が座れるくらいの机、クローゼット、二段ベッド、小さな布団、そして小さな窓があった。


 二段ベッドの下では一人の少女が、壁に寄りかかりながら、毛布にくるまって座っていた。彼女は霧月ブリュメールが入ってきても振り向かず、背を向けたままである。

 いつもは綺麗な焦げ茶色をした彼女の長い髪は、いまは真っ白になっていた。世界中の緑を集めたような美しい目も、藍玉色に変色している。


「カメリア……」


 もう一度、霧月ブリュメールは彼女の名を呼ぶが、少女は何も言わなかった。霧月ブリュメールは言語をスペイン語に変え、彼女に語りかける。


「今日12神官で会議があった。話題は実月フリュクティドールのことだった。辛い気持ちはわかるが……」


 青年は少女に目を向けた。


「我々の任務はまだ終わっていない。……そろそろ行動しなければならないようだ、真莉」


 真の名で呼ばれ、少女は振り向いた。太い眉に、綺麗なアーモンド型をした目。篠崎怜を知る者は間違いなく似ていると認めるであろう容姿。


 少女の名は篠崎真莉。彼女は「神の僕」霧月ブリュメールの3人の部下のうち一人であった。

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