第147話 新しい人として

 やがて夜が来た。真莉はそのままソファに座り続けた。

 女が途中で誰かを担いで入ってきて少女に寝室への移動を促したが、動く気配がなかったので諦めてしまった。

 彼女は眠れなかった。母親と父親のことを考えた。どうしてか涙がでなかった。目をずっと開けたまま、真莉は朝を迎えた。


 日が昇って少し経ったとき、上の階から誰かが降りてきた。女が若い男女を連れてきたのであった。

 女が二人に何かを話す。すると、男のほうが少女に近づき、目線をあわせて「やあ」とあいさつをした。


「俺の名前はあきら。お嬢さんはなんていうんだい?」


 聞きなれた言語に、真莉は少しだけほっとする。


「……真莉」


「そうか、真莉ちゃんって言うんだね。その子たちは弟?」


「……うん」


「なんていう名前?」


「その子が翔で、この子は怜」


「なるほど、かわいいな」


 明という青年の言葉に、真莉は少しだけ微笑む。

 弟たちは昔からの自慢であった。唯一のハーフという「異物」同士の仲間だった。


「私は紅井べにい日向ひなた。よろしくね、真莉ちゃん」


「鉄砲を持った人、もう来ない?」


 真莉は心配そうに、二人に尋ねた。もっといい言葉を彼女は知っていたはずなのだが、脳が疲れていてうまくでてこなかった。


「大丈夫、ここは安全なところだからね、真莉ちゃん。何かあっても私たちが守るから」


 日向が言う。


「本当?」


「そうだよ、俺が君たちのお父さんになるよ! そして日向がお母さんだ!」


 真莉は日向のほうも見た。日向は笑顔で返した。


「これからは『父さん』でも『パパ』でも『明兄ちゃん』でもなんでも呼んでいいぞ!」


「……うん!」


 やっと少女は安心して、肩の力を抜くことができた。その後、すぐに眠くなり、彼女はソファの上でそのまま寝てしまった。





 ニューヨークに来てから、真莉たちの生活は忙しくなった。まず能力のコントロールの仕方と簡単な英語を覚えさせられた。それから学校の生活にも慣れなければならなかった。それは大変なことであった。

 怜と翔はときたまペスト襲撃の悪夢を見、夜に泣いた。そのときは日向が来て、ふたたび眠るまで頭を撫でてくれるのであった。


 真莉はニュースを見たり、調べたりしているうちに、父親の死を確信した。父親が残ったあの場所で大きな爆発があり、まわりが木っ端みじんになっていたからである。

 彼や、近くにいた母親の体の一部が残ったのかどうかは、彼女にはわからなかった。ただ、死を実感するのは難しかった。


 13歳のとき、マダーは日向と真莉を一度日本へ連れて行った。かつて自分たちが住んでいたマンションの近くの墓を三人は歩き、「篠崎」と書かれたものを見つけた。おそらく父親の弟か妹が建ててくれたものだろう。そこには自分たちの名前も刻まれていた。

 真莉はそこで、父親の死を初めて理解した。もう彼はこの世にいないのだ。


 少女はその事実を受け止めると、拳を握りしめ誓った。父親を殺したあの女のように強くなると……。いつか自分はあの女を見つけ、復讐するのだ。


 その日、真莉は髪を切った。肩まで届く長さくらいに、短く切った。

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