第139話 繋がる心
ニューハンプシャーでは三班がちょっとずつ家を住みやすいように改造していった。食べ物はさきほどマダーが大量に抱えて持ってきてくれたので、困ることはなかった。班員たちはときたまふらっと森に出かけることがあった。
「うわ、ミツバチだ!」
探索しに行った怜とクリシュナは、さっそくハチに遭遇する。虫と意思をかわせるのにも関わらず、少年は怖がってクリシュナの背に隠れてしまった。
「はは、なに隠れてるのさ」
クリシュナは笑った。
「日本にいるオオスズメバチのほうがよほど怖いというのに」
「キラービーよりも?」
怜はアメリカで恐れられているハチの名をだした。
「うん、オオスズメバチのほうがよほどの脅威だ。こんなミツバチがあれに襲われたらひとたまりもないよ。でもニホンミツバチっていう日本にいるミツバチは、セイヨウのと違ってちゃんと反撃方法があるんだ」
生物に詳しいクリシュナは、ぺらぺらと続ける。
「セイヨウミツバチはスズメバチが来ても一匹ずつ攻撃するしかなくて、結局全滅しちゃうんだけど、ニホンミツバチは敵が熱に弱いことを利用して、あいつらの体を自分たちで取り囲んで熱で殺すことができるんだよ」
「へえ……!」
怜は感心して頷いた。
太陽が西に落ち、星々が輝き始める頃、キャサリンは独り、家の屋根の上に静かに座っていた。彼女は騒がしい家に馴染めず、こっそり外に逃げ出してきたのだ。足には何も履いておらず、はだしであった。
班員たちは慣れているのかいろいろ回復してきていたが、キャサリンはいまだ暗い感情を持ったままだった。
なにもやる気がでない。世の中に希望を持てない。そんな心境だったのである。
もうどうしようもなくなって、泣きたかったが、目から涙はでてこなかった。日向が死んだときでさえ、彼女は泣かなかった。いや、泣けなかった。
膝に顔を突っ伏していたとき、誰かが屋根に来た音がした。
どうせ自分を連れ戻しに来たんだろう。
絶対に聞かないことを決めて、キャサリンは顔を上げなかった。
だが、その人物はキャサリンに何かを言うかわりに、ただ静かに彼女の隣に腰を下ろしただけだった。
不思議に思って少しだけ顔を出すと、翔の姿が目に映った。
月夜に照らされた彼の藍玉色の目は光り輝く宝石のようで、髪は黄金の絹みたいにさらさらと流れていた。あまりの美しさに、キャサリンは我を忘れて見惚れてしまう。
視線に気がついたのか、翔は少女のほうを向いた。仕事着を着た彼は何も言わなかった。ただ微笑んだだけだった。翔の笑みに弱いキャサリンは少しだけ息を呑む。そのまま少し時間が過ぎる。
ふと少年は立ち上がった。キャサリンは困惑して、彼を見つめた。
「散歩しないか?」
翔は優しい声で尋ね、手をキャサリンに差し出した。キャサリンの心臓は飛び跳ねた。さっきの嫌な気持ちが吹き飛んだようだった。少女は無言で、その手を握った。
すると、彼は突然キャサリンを抱きかかえ、そのまま屋根から木に飛び移った。
「わっ?!」
少し怖くてキャサリンは声を上げてしまうが、翔は彼女を安心させるように、彼女を抱く手の力を少しだけ強くした。
少年はそのまま木から木へと飛び移り、最終的に高く飛び上がり、そしてあまり大きくない湖の真ん中に着水する。
だが、二人は沈まない。二人とも裸足で、氷を形成することで立っていたからである。
「踊れるか?」
優しい笑みを浮かべながら、彼は問うた。キャサリンは目を大きく見開き、そこで初めて微笑んだ。月夜の下で二人は優雅に、ゆっくりと踊り始めた。それはキャサリンにロサンゼルスのときのことを思い出させた。いつの間にか魚や輝く虫たちが、翔の能力に反応したのか二人の周りを舞った。
翔はキャサリンの華奢な体を持ち上げ、くるくるまわった。キャサリンの黒髪が、闇になびき輝いた。お互いがお互いに夢中だった。他になにも見ていなかった。完全に二人の世界にいた。
翔は彼女を下ろし、二人はしばし水面の上で自分たちの目を見つめあった。
____なんて、綺麗なんだろう
二人は同じことを想った。そして、少年はキャサリンの手を取り、地面までエスコートした。
二人は柔らかい緑の芝生の上に座る。しばらく穏やかな静けさが流れたが、キャサリンが先に破った。
「私、ずっと考えているの」
突然そう言った彼女を、翔は目を瞬かせて見つめた。
「なんで、闇の能力がもっと早く覚醒しなかったんだろうって……どうしてっ、全然出てこなかったんだろうって……もしあのとき使えたら! 日向さんを助けられたかもしれないのに……。ねえ、日向さん……今どこにいるの……?、寂しい……痛い……! 苦しい……!! 日向さんは私のせいで殺されたのよ!!!」
キャサリンは叫んで、激しく泣き出した。やっと胸の奥にあった感情を出すことができたのだ。翔は彼女の肩にそっと触れた。彼女がちょっと落ち着いたとき、少年はぽつぽつと話し始める。
「これは慰めにはならないかもしれないけど……東京襲撃のとき、俺たちはブロック塀に潰されて能力が覚醒したんだが、俺の姉さん……真莉には最初水の能力は発現していなかった」
「え?」
「けれど、母さんが目の前で殺されたのを見たときに、姉さんの髪がちょっとの間金髪になった。水の能力をそこで得たんだ。でも結局あまり水の能力は得意ではなかった。状況が変わったのは明が亡くなったときだ。そこで姉さんは完全に水の能力を覚醒させた。髪が真っ白になって、しばらくもとに戻らなかった。つまり俺が言いたいのは……とある感情を強く感じない限り、覚醒しない能力があるんじゃないかと。姉さんの水の能力とキャサリンの闇は、悲しみの感情で目覚めたかもしれないと俺は思うんだ」
「ってことは……あの出来事を経験しない限り、私の闇の能力は来てくれなかった……ってわけね」
理不尽だな、と少女は感じた。
「ごめん、やっぱり全然慰めになってないな……」
「ううん。さっきの散歩、すごく楽しかったよ。ありがとう……」
少女は柔らかい笑みを浮かべた。翔は目を伏せ少し顔を赤くする。二人の手がいつのまにか近づき触れ、二人はびくっとして少しの間見つめあう。二人の心が繋がった気がした。だが、どちらも自分の想いを口にしなかった。
そんな余裕は今はなかったからである。近頃戦いが起こることを、二人は予感していた。
戦いが終わって……もし平和が訪れば……そのときには……
少年少女はその決意を深く、心の奥底に沈ませておいた。
帰り道、翔とキャサリンは無言で帰っていたが、ふとそこで手が当たってしまう。翔はびくっと震えたが、キャサリンはそのまま自分の手を絡めることにした。手を繋ぎながら静かに歩く二人を、森で咲く白百合を見ていたアーベルが見つける。彼は少し驚いたが、優しく微笑んだ。だが、彼は複雑な思いも抱いていた。
「こんなに成長したのに……。まったく、すべてを見逃して。一体なにやってるんだか、あの子は」
赤褐色の青年は小さく呟いた。
舞台は移って、とある海に浮かぶ島。その島の真ん中にある建物の廊下を、急いで走る子供がいた。彼の服装は真っ黒で、羽を守る用のマントをつけている。
少年はとある扉の前まで来ると、強くノックし中にいる人物に呼びかけた。
「
~第二部「Never Ending Challenge」完~
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ここまでFairiesを読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!
次回からはいよいよ第三部がはじまります! この部で「神の僕」の実態が暴かれ、彼らの本性が現れることになります。それにフェアリー団はどう反応するのか……、そして誰も予想しなかった家族の秘密をキャサリンが知ったとき、彼女はどうするのだろうか。
キャサリンの物語はこれからもまだまだ続きますが、今後ともよろしくお願いします!
星やハート、コメントいつもありがとうございます。とても励みになっています!もしここまで読んで少しでも面白いなと感じたら、ぜひ☆や♡をよろしくお願いします!
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