第137話 命拾い

 マダーが三班を連れて行ったのは、ニューハンプシャー州の森の中にある広い家である。彼女はそこで、戦後の1950年代に暮らしていたらしい。


 日向のことは社長から聞いていたようで、改めてアーベルからそのことを告げられた彼女は、「ええ、聞いたわ」とどこか空っぽな気力のない声で答えた。一見、何もダメージがないように見えたが、アーベルには彼女が一瞬呼吸を止めた音が聞こえた。やはり「子供たち」の一人が亡くなるのは、とても痛いことなのだ。


 家の壁は白いペンキで塗られていたが、二階があり、建てられてから結構な年月が経っていたのにも関わらず、中はかなり綺麗だった。


「あの二つの大戦では、私はヨーロッパ中を移動していて人々を救おうとしていたの。それで、とある死にかけていたアメリカ兵を治療した機会があったんだけど、彼、結構裕福な家柄だったらしくて、戦後ちゃんと私を見つけて私にこの土地をくれたの。私は『いらない』って断ろうとしたんだけど、説得されてそのまま家まで建ててくれたのよ」


 彼女はキャサリンをソファに寝かせながら、他の子供たちに言った。


「でも結局私はあんまりここに住むことなくて、放置されてちょっとボロボロになっていたんだけど、フロストさんと契約を結んだとき、ここを直してくれないかと頼んだの。それでこんなに綺麗なのよ」


 へえ、と三班のメンバーは相槌を打った。マダーは一度ため息をついてから、話を現実に戻した。


「私たちがフロストさんと契約したときに、万が一安保隊に存在を気づかれてしまったらどうするかってことも話したの。フロストさんはそうなった場合、私たちを守ることはできないって言ってたわ。それを承知で契約を結んだから、つまり……もうこの班はフロストと関わることができなくなってしまったってことよ」


「え、そんな……」


 怜はショックを受けた。


「じゃあこれからどうすればいいの?」


「今からフロストと話してくるわ。しばらくここで暮らしてなさい。食料は後で私が持ってくるから」


 そう言うと、マダーは風を発生させて消えた。


「……」


 しばらく家の中で沈黙が流れる。


「荷物……たぶん全部押収されたよね」


「当たり前だろう」


 足を組んで椅子に座っていたヴィルが怜に答えた。


紫涵ズーハンたち、大丈夫かな……」


「逮捕とかもしかしたらありえるかもしれないからね。誰かが守ってくれたらいいんだけど」


 アーベルはぼんやりと窓から外を見ながら言った。一方、翔は眠っているキャサリンのほうへ行く。心配になって、つい彼女の頭を撫でた。真っ黒だった彼女の髪は、今は黒茶色に戻っている。


「こいつ、どうにかしないといけないな」


 翔に向かってヴィルは言った。


「能力が完全に暴走している。二年前のお前と同じ状態だ。これが続けばいつか俺たちの間の誰かを傷つけてしまうかもしれない」


「……そうだな」


 自分も昔、姉や明の損失から立ち直れず、長い間引きこもっていたことがあった。理解できる自分だからこそ、いや……キャサリンを特別に思っているからこそ、彼女を支えなくてはならない。翔は拳を握った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る