第130話 別れ
アーベルたちが家に帰ったときに、翔に一応、
それよりも青年は、日向が残した鍵を手に取り、彼女が一体何を意味していたのかを探りに、彼女の仕事部屋へ行くことにした。
仕事部屋は何も変わっていなかった。アーベルはそのまま机に向かう。確かに引き出しの一つに鍵がかかっていた。彼は鍵穴にそれを差し込み、ゆっくりと開けた。
中に入っていたのは一通の手紙と、黒い小さなボイスレコーダーだった。不思議に思いながらも、アーベルはまず手紙を読むことにした。
「アーベルへ
こんにちは、お元気かしら。この手紙を読んでいるっていうことは、私になにかあったっていうことでしょうね。でも、もう何年も前から覚悟していたから、別に大丈夫よ。あまり悲しんじゃだめだからね。班長はあなたになるけど、あなたはしっかりしているからその点は安心よ。自信持って子供たちを導いてくださいな。
さて本題にいきましょうか。いまからここに書くことの内容は、絶対に他の人に言ってはいけません。それは私があの子とそう約束したからです。
もちろん説得しようとしたの。でも相変わらず頑として譲らなかったのよ。ほんとに困らせてばかりよ。
まあつまり、うすうす感づいているかもしれなけど、私が伝えたいのは_____
次に書かれてあったことに、アーベルは思わず息を呑んだ。
は? どういうことだ? どうやって? なぜ?
疑問が一気に浮かんでは消えたが、青年は読むのをやめなかった。
「信じられないと思うの。私だって言われたら多分信じないよ。だから証拠を残しておいたの。ボイスレコーダーが引き出しに入っていると思うから、それを聞いてほしい。私の言っていることが事実だっていうことがわかるよ」
扉を閉めてからわずかに震える指で、アーベルはボイスレコーダーの電源をつけ、再生ボタンを押した。音が出た。
真実であった。手紙に書いてあることは、すべて本当のことであった。
ひどく誰かに言いたい気持ちになったが、約束は守らなければならない。アーベルは深いため息をつき、顔を手で覆った。
日向の葬式は次の日に行われた。
フロスト社が用意した小さな部屋の真ん中に、日向が横たわった棺が置かれた。
葬儀には三班のメンバーのほかに、ヤコブとアイザック、彼女のラーメン屋で働き、彼女がペストであることを知っていた二人のアルバイト、そして安保隊員訓練兵の中で唯一真実を知る
明の遺影も持ってきていて、それは翔が代表して抱えていた。
日向をよく知る他班のメンバーは参加はできなかったが、シンパシーカードと花を送ってきた。そのため、小さな部屋は様々な色の花でいっぱいになった。
葬式に参加していた者がひとりずつ花を棺の中に入れていった。アーベルは、自分がベランダでひっそりと育ててきた白百合の花を日向のそばに置いた。
ちょうど全員が花を入れ終わったころ、突然部屋の扉が開き、黒いスーツを着た小柄な男が中に入ってきた。肌と髪は真っ白で、目は血のように赤かった。
「すまない、会議が長引いた」
彼は言った。キャサリンは彼が誰だか見当もつかなかったが、次のアーベルの呟きで正体を知った。
「社長……」
そう、彼は不動産会社フロスト社の社長、ブレイク・フロストだったのだ。彼が今まで日向に電話をかけ、依頼だったりお叱りだったりをしてきた。
フロストは花を一輪手に取ると、同じく棺の中に置き、そのままアーベルの隣に立った。
「日向は私の会社のためによく尽くしてくれた」
彼は独り言のように言う。
「18で両親を失い、いきなりここに連れてこられ、大変戸惑ったはずであっただろうに、彼女はすぐに他の子たちを受け入れ、世話をしてくれた。やんちゃな子らがたくさんいたのにも関わらずな」
フロストはそこで後ろに立っていた他のメンバーたちをちらっと見た。
「様々な人を失ったというのに、それでも彼女はこの仕事を辞めず、フロスト社のマンションの住民を守り続けた。彼女には能力が消えてから平和な人生を送ってもらうはずであったのに……。残念でならない」
彼は手を握り合わせ、祈りを捧げた。目を開けたところで、ドアが少し開きささやき声が響く。
「フロスト様……」
「ああ、わかっている。次の会議だろう。すまない、私はもう行かせてもらう」
「いえ、来てくださりありがとうございます」
アーベルがお礼を言うと、フロストは眉を下げた。
「社長が社員を労わるのは当たり前であろう」
彼はそう言うと、会場を出ていった。
その後、最後の別れを行った後、棺の蓋は閉じられ、日向は火葬された。彼女の灰は骨壺に入れられ、フロスト社が用意した墓に置かれた。墓は明の隣であった。
キャサリンは他の皆が車に向かい始めた後も、しばらく彼女の墓の前でたたずんでいた。
「なにがあろうとも、『神の僕』は潰す……。あいつらは絶対に許さない」
彼女が呟いたと同時に、黒茶色の髪が一瞬真っ黒になった。それから少女は墓に背を向け、仲間の後を追って歩き出した。
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