第129話 完遂

 15歳の少年と12神官の一員はしばらく睨みあった。唸り声をあげた怜は、もはや動物のようだった。また少年がつかみかかろうとしたそのとき、小さな蛾が怜の目の前を飛んだ。

 それは作戦を忘れるなというヴィルの合図だった。効果はあり、怜ははっと我に返ってから狭い裏路地に飛び込んだ。羽をもう一度出す時間はなかったので、植物を使い移動する。


「逃げるな!」


 実月フリュクティドールは怒り、その小さな背中を追いかけた。風の能力であればあっという間に移動できるはずだ。

 だが捕まえられる直前、怜はとある技を出した。


「火水・朝霧!」


 周りが濃い霧に包まれ、少年の姿が見えなくなった。一瞬、敵は戸惑う。

 その機会をずっと伺っていたアーベルは、植物を大量に出した。

 これが作戦だったのだ。素早い敵に対し、翻弄させ、惑わせ、そして隙を作った瞬間に捕らえる。


 植物は敵を捕らえ、同じく先回りして潜んでいたヴィリアミは氷の能力を使い、さらに相手を拘束させた。最後にアーベルは岩を生やし、実月フリュクティドールを完全に封じ込めようとした。


(油断したッ!)


 実月フリュクティドールは焦る。だが彼女もだてに12神官ではなかった。足に枝が絡みつく。


(あの技を使うしかない)


 実月フリュクティドールは炎の力を使った。一気に噴き出したその温度はとても高く、広く青色に輝いた。それはアーベルの岩さえも溶かしてしまった。


「なっ……!」


 12神官の力は強大だった。自分たちは甘く考えすぎていた。

 _____逃げられる


 必死に追いかけようとする5人だったが、実月フリュクティドールは勝利の笑みを浮かべながら加速しようとした。


 その時、人の半身くらいある大きな影が横から飛んできたと思ったら、何かを実月フリュクティドールの顔に垂らした。


「あ、あああああああ!!!」


 激痛が走ったのか、彼女は耐えきれず地面に落ちる。突然のことにアーベルたちはひどく驚いたが、このチャンスを見逃さなかった。

 アーベルは動けなくなった彼女の体を植物で固く縛り付けた。


「はな……せッ……」


 実月フリュクティドールは息絶え絶えに言った。


「嫌だね。君は僕たちの仲間に手を出した。それを許すとでも?」


「神のッ……計画を……貴様らが邪魔したからだッ!」


「さっきから神、神うるさいね。神なんていないよ。あるのは憎しみと怒りだ。それが君を罰するんだよ」


「ふざけるなッ!」


 実月フリュクティドールは炎の技を出そうともがいたが、彼女の足と目に走る激痛のせいでだんだん動けなくなってきた。


「無駄だよ。君の体はもう毒に犯されているんだ。だてにギンピ・ギンピっていう強い神経毒がある刺毛が生えている植物の枝で君を絡ませようとしたわけじゃないよ。とても痛いだろう? 君はいずれにしろ戦えなくなるはずだったのだ」


 アーベルは言い、短剣を取り出した。


「さあ、『神の僕』よ。最後に祈るがいい。神が助けてくれることなんてないけどね」


 目を細めてそう述べた彼は、躊躇なく剣を敵の頭に振り下ろした。


 赤が飛び散った。





 相手が死んだことを確認してから、アーベルはペストマスクを外した。

 道路のほうからわずかに裏路地へ届く光が、相手の顔を照らした。能力の効果が消え、肩より少し長いくらいの髪と瞳孔の動かなくなった目は、茶色になっていた。年齢は20代前半で、自分とあまり変わらないくらいだろうか。

 アーベルはため息をついた。死体をここに置いていくわけにもいかないので、彼はその重い体を担いで、仲間のほうへと戻る。ちょうどクリシュナが闇の能力で、飛び散ったマグマや植物を破壊している最中だった。


「お疲れ」


 リーナはほっとしたような笑みを浮かべ、彼を労わった。アーベルは悲しいような、安堵したような笑顔で返した。


「終わったよ。これでもう攻撃されることはないだろう。……とはいえ『神の僕』側に居場所が知られているっていうことがわかったからな。移動しなければならないかもね」


 歩きながら、彼は続ける。


「鳥を使った攻撃、とてもよかったね。あれがあったから素早く殺せたよ。君がやってくれたのかい、ヴィル?」


 赤褐色の髪の青年に対し、ヴィルは首を横に振った。


「いや、俺じゃない。てっきり師匠がそうしたのかと……」


「僕じゃないよ。じゃあ怜なのかい?」


「ううん、俺あんなに攻撃範囲広くない」


 そこで全員の足が止まった。


「じゃあ誰だ……?」


 怜は不安になって辺りを見回したが、周りはたたずむ闇以外なにもなかった。

 5人に悪寒が走ったが、とりあえず進むしかなかった。





 その夜、一羽のハトが鷲に無惨に捕まえられ食われてしまったが、そのことを知る者はいなかった。



 











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