第128話 復讐

 実月フリュクティドールはとある倉庫で身を潜ませていたが、夜になってから外に出た。神の僕の本拠地、「楽園」に戻る時間はなかった。あそこまで行くのには最低2,3日はかかるだろう。

そこで、彼女に向かってくる影が一つあった。正体はハトだった。


「やっと来たか」


 実月フリュクティドールは鳥を自身の腕に乗せると、その鳥の足の中に括り付けてあった筒の中に小さな紙を入れた。内容は援軍を頼むものだった。


「行け」


 彼女はハトを飛ばす。それは迷わずに、暗い空へとまっすぐ向かった。




「いたぞ」


 動物たちと感覚を共有し、あたりを探っていたヴィリアミは、敵の姿を見つける。


「よし。リーナ、あいつの風の能力に追いつけるのは君だけだ。なんとか僕たちの罠へ追い詰めてくれ」


「わかったわ」


 リーナは静かに羽を出した。トンボ型のそれは美しいマゼンタ色に染まっている。フードとマスクをつけた彼女は、空へと飛び出した。

 ヴィルの仲間の小鳥の後をついていき、ターゲットの立っている姿を見つける。リーナは短剣を握った。


 わずかな音。実月フリュクティドールはすぐ反応し、リーナの攻撃を抑えた。


 ガチンッ


 剣と剣がぶつかる音が響いた。火花が散る。敵はリーナよりも力が勝っていたのか、彼女を一気に押しやった。だが少女はすぐに体勢を立て直した。


「お前もフェアリー団の者か?」


「ええ、そうよ。復讐しに来たの」


 リーナは敵に対し答える。短い言葉ではあったが、口調は憎悪に満ちていた。


「ふん、くだらないね。炎への適応能力はあるのかな?」


 手から燃え盛る炎柱が生まれる。火の一部がリーナを襲った。


「ッ!」


 リーナはすぐに建物を離れようと飛んだ。


「逃げることなどできないぞ」


 建物と建物の間を素早く移動する彼女を、実月フリュクティドールは追いかけた。潜んでいて機会をうかがっていたのは、クリシュナ。


「闇・暗黒の霧गहरा कोहरा!」


 一気に黒い靄が充満するが、それが実月フリュクティドールに追いつく前に彼女は飛び去った。


「速すぎる、追いつかない!」


 敵はそのまま炎の攻撃を繰り出した。火の玉は勢いを増して、リーナに触れようとする。

 だが、直前のところで小さな少年が横から、その火の玉を掴んで消してしまった。怜だった。


(結構な人数がいるな……)


 実月フリュクティドールは目を細めた。だが問題ではないだろう。一人ずつゆっくり始末すればよい。まずは目の前の素早いトンボだ。

 相手はスピードを速め、ナイフを取り出した。それを風の能力に乗せ投げた。リーナはそれを避けようとして、つい壁にぶつかってビルの屋上に落ちる。実月フリュクティドールはにやりと笑った。


「さあて、風と炎が合わさったときの強さを見せてあげよう」


 火災旋風が発生し、横たわった少女を襲おうとした。だがその前に別の方向から影が現れる。


「水・凍てつく吐息jäätynyt hengitys!」


 ヴィリアミの技は炎の勢いを沈めた。彼は追加で石の壁を作り、風を抑えた。


「ガキが……!」


 実月フリュクティドールは怒り、彼に襲い掛かった。長い剣は少年の腕を切った。

 だがヴィリアミはしゃがんで次の攻撃を避け、約数秒で腕を再生した。大地能力者は簡単には殺せない。次の動きで確実に彼を殺そうとした実月フリュクティドールに、クリシュナがふたたび闇の攻撃を仕掛けた。


「ちっ……」


 靄から逃れた彼女は一度態勢を整えようと、他のペストたちから距離を取ろうとした。しかし、そこでもう一つ邪魔が入る。横からものすごい勢いで少年が飛びついてきたのだ。

 怜はそのまま実月フリュクティドールをひっかいて、押し倒した。敵は少年を蹴り飛ばし、怜は地面に叩きつけられた拍子に、羽が折れてしまった。


 だが、彼は気にしていなかった。怒り狂っていたからだ。髪とまつ毛から炎が出ているまま、少年はふたたび相手を襲った。

 はたから見ると子供の喧嘩のようだった。怜は相手の頭をペストマスクごと、ガツガツと叩く。炎の力もあわせ、相手の頭を覆っていたフードを引き裂き、硬い革でできたペストマスクでさえやぶいてしまう。黒い目と髪が露わになった。


 実月フリュクティドールは激怒して、風の能力で怜を吹き飛ばした。長い剣で彼の足を切ったが、大地能力を持った彼はわずか数秒で再生させた。憎悪に満ちた目で睨みながら、そのまま四つん這いの姿勢で体勢を整えた少年は、小さな悪魔のように見えた。


(こいつ……案外手ごわいぞ……)


 実月フリュクティドールは顔をしかめた。







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