第127話 仇

 次の日、日向の遺体はフロスト社の特別な施設に運ばれ、そこで棺桶に入れる処理を行った。葬式は二日後にやる予定だった。

 班長になったアーベルは仕事で放浪することを辞め、日向のように家にいることを決めた。


「やっぱり出ないか……」


 マダーに電話しようとしたアーベルであったが、彼女は応えもしなければメールで返事もしなかった。

 こんな時になにやっているんだ、と文句を言いたくなる気持ちがないわけではないけれど、マダーは自分たちの者だけではない。ペストたちは平等に彼女に救われる機会を持っていなければならない。


 隠れ家の中は静かであった。皆はひどく落ち込んでいて、室内は重い空気で充満していた。リーナは引きこもってアイオロスに話を聞いてもらっていた。


 一番ひどかったのはキャサリンであった。日向の死を目の前で見てしまった彼女は、何もすることもなくただぼんやりとベッドの中で座っているだけだった。

 ただ敵のことはきちんと彼女は伝えた。名前が実月フリュクティドールで12神官の一人であること、フェアリー団の名前を知っていること、目的はフェアリー団の抹殺であること等。


「つまりまた襲ってくる可能性が高い……っていうことか」


 キャサリンのそばで、アーベルはそう呟いた。キャサリンは、どこからもなく飛んできた虫を手で払っていた彼のほうを振り向き、こう言った。


「殺すなら今だと思う。まだそんなに時間経ってないから、そこまで遠くまで行けていないはずだし。実月フリュクティドールが誰かを呼んでくる可能性だって十分あるんだから。状況はますますひどくなるよ」


 淡々とそう発言する様子に、アーベルはわずかに顔をしかめた。


「私は戦うよ。日向さんを殺したこと、私は許さない」


「ダメだ」


 強く言った彼女を、青年は否定した。


「君の感情は今ぐちゃぐちゃになっている。闇の能力も扱いきれていない。そのままじゃ暴走するのがオチだろう。12神官を殺すなら、コントロール力で勝負するしかない。君は休んでいなさい」


 キャサリンは淡い青い目で、アーベルをじっと見つめた。怒っているようだったが、青年には効かなかった。


「大丈夫、敵は必ず殺す。僕が約束するよ」


 アーベルは部屋から出た。時計を見ると午後5時。そろそろ行動を開始しなければいけない時間だ。リビングに降りてきた彼を、他のメンバーが迎えた。


「……どうした?」


「俺たちも行く」


 ヴィルが硬い表情で言った。


「どういうことだ」


「日向の仇は俺たちも討つ。頼む、手伝わせてくれ」


「ダメだ」


 アーベルはきっぱりと返す。


「君たちが巻き込まれたらどうすればいい? それこそ日向は許してくれないだろう」


「師匠、俺は師匠が強いのは知っている。だけど、神の僕相手には一人じゃ不可能だ。俺たち全員ならきっと勝てる」


「……」


 黙り込んでしまった青年に、ヴィリアミは続ける。


「信じてくれ、俺が馬鹿じゃないことは知っているだろう」


「私ももちろん戦うわ。アイオロスにもさっき電話で止められたけど、やっぱり私はあいつがひな姉さんを殺したことは絶対に許せない」


「僕も復讐には普段反対だけど、あいつを野放しにしたままじゃ、新たな犠牲が出ると思うんだ。だから全員で行って、確実に仕留めるほうがいい」


 リーナとクリシュナも追い打ちをかける。とうとう赤褐色の髪をした青年は折れた。


「わかった。仕方がない。全員でやろう。だが……」


 アーベルは翔のほうを向いた。


「翔、キャサリンのために残って、彼女を支えてくれないか。あの子は今大変な状態にある。君にその気持ちはわかるだろう」


 少年は一瞬戸惑ったが、真剣な表情で頷いた。


「それからハヨン。君も家にいなさい。まだここにいて日にちの浅い君が、命を懸ける必要はないからな。家を守っていてくれ」


「……わかりました」


 黒髪の少女は、眼鏡をくいっと上げて応えた。


「では、ヴィリアミ、クリシュナ、リーナ、怜。行くぞ」


 五人は家を出た。それを翔、アリシア、ハヨンは不安そうな顔で見送った。キャサリンはベッドの上で閉まる扉の音を聞き、体を縮ませて俯いてしまった。


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