第125話 蠟燭が消えるとき
「日向ッ!!」
アーベルはすぐに日向に駆け寄り、腕に彼女を抱いた。彼は彼女のマスクとフード外し、呼吸しやすいようにする。日向はわずかに目を開け、アーベルがいることを確認した。
「アー……ベル……来てくれたのね……」
血にまみれた口をなんとか動かして、彼女は言葉を紡いだ。
「闇が噴き出しているのが見えたんだ。お願いだからしゃべらないでくれ。血を、早く!」
アーベルは腕をまくり、短剣でそこを切って血を日向に降りかけた。だが効果はない。心臓、もしくは頭部を貫かれたペストは死ぬ。その部分は再生できないからだ。
「クソッ! なんで俺はいつも間に合わないんだ……!」
アーベルはうめき声をあげた。脳裏に明の死に顔が浮かぶ。自分の腕の中で人が死ぬのは、もう三度目だ。
しゃべることもできない状態のキャサリンの腕はほんの少ししか再生していなかった。彼女に生きる意志がない証拠だ。キャサリンは苦しみのあまり初めて「死にたい」と思った。彼女は自分を責めていた。自分のせいで日向がこうなったと思っていた。
そんな少女と血に濡れた拳を固く握るアーベルに、日向は弱々しく言った。
「キャサリン……アーベルも……お願いだから……自分を責めないで……」
咳をしながらも、彼女は続けた。
「私は……みんなといれて……幸せだったから……みんなのお母さんになれて……本当に楽しかった……。みんなは私の家族……。だから……キャサリン……私と約束して……ぜったいに……生き延びるのよ……なにがあっても……」
その瞬間、キャサリンの脳内によみがえったのは燃え盛る車両の中の記憶。ボロボロの手で抱えてくれた母と、彼女の涙だった。
「ぜったいに生きのびるのよ、キャサリン
いい? お母さんとのやくそくよ」
日向はごほごほと咳をした。
「もう……残された時間はあまりないね……。アーベル……あなたを三班の班長として任命します。それから……これを……」
彼女は突然ポケットから鍵を取り出した。
「これは……私の机の引き出しの鍵よ……中にあるものは秘密。誰にも……見せてはいけないからね……私が……そう約束したの……」
アーベルは小さく頷いた。日向はそれを見て、安心した表情をした。胸から広がる赤いしみはどんどん大きくなっていった。
「最後に……みんなに……大好きだって……伝えてほしいな……。ペストになったことを……なにも後悔していない……よ……本当に……本当に……みんなと出会えて……よかった……」
彼女はそう言って笑った。目を閉じる前に、日向はどこか宙を見つめて、驚いた顔をした。
「迎えに来てくれたのね……、
最期の言葉はそれだった。日向は少し微笑んでから、アーベルの腕の中でそっと息を引き取った。
アーベルは無念で、首を垂れた。少ししてから彼は携帯で、他の皆に連絡した。
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