第124話 死闘

「ならば、そなたが私の攻撃にどこまで耐えられるか見せていただこうか」


 実月フリュクティドールはそう言った瞬間、日向の目の前から消えた。彼女は攻撃に備えて、慌てて辺りを見回す。左側に見えた一瞬の姿を頼りに、日向はなんとか剣による来襲をガードした。


「おっそいね」


 敵は笑ってまた姿を消す。予測不可能な敵の攻撃を、日向は抑えるのに精いっぱいだった。手がかりはわずかな風の音。日向の能力は使えない。キャサリンの腕は燃えつきて再生中だったので、ただ戦闘を見守ることしかできなかった。


 日向は攻撃から身を守るうちに、だんだんビルのはじに近づいていった。彼女は逃げることさえできなかった。そうしてしまえば、キャサリンが殺されるのは確実。アーベルか誰かが気がついてこちらに来るまで、彼女は耐えるしかなかったのだ。


 敵は遊んでいた。日向にはそれがわかっていた。


「もう無駄だよ。諦めな。弱者にはなにもできやしない」


 彼女が嘲笑するたびに、日向の心に小さな焦りが生まれていった。体も攻撃に間に合うのに疲れていき、だんだんと反撃が遅くなっていった。だがそこでキャサリンが叫んだ。勢いでフードとマスクがとれる。


「黙れ、このクソ野郎ッ! 日向さんのことをそう呼ばないで!!」


 一瞬、実月フリュクティドールがキャサリンのほうを向いた隙を使って、日向が精いっぱい短剣を突き刺そうとした。だが、相手はその試みに気がつき、日向の腕を掴んだ。


「もう終わりにしよう。貴様らが邪魔者なのがよくわかった」


 そのまま実月フリュクティドールは日向の腕をへし曲げた。


「ッ!!!」


 日向は痛みで唇を嚙み締めたが、呻いたりはしなかった。そのまま相手は日向を地面にたたきつけた。


「日向さんッ!」


 実月フリュクティドールはキャサリンのほうに、剣を振り回しながら近づいてきた。


「生意気だね。殺してしまおうか」


 その声の低さに、少女は思わず震える。自分は……ここで死んでしまうのだろうか……? 

 だが相手が剣をキャサリンに向かって振り下ろそうとしたとき、日向が左手で、相手の背中に短剣を突き刺した。力が足りず、貫通させることはできなかったが。しかしそれは実月フリュクティドールを激怒させるのに、十分であった。


「いい加減にしろッ!」


 彼女は日向を蹴り飛ばし、剣を彼女の胸に向かって振り下ろした。


「やめてッ! お願い!!」


 キャサリンの叫びもむなしく、それは日向の心臓を貫いた。


 「ゲホッ!」


 彼女の口から血が噴き出した。


「まったく煩わせやがって。弱者はなにもできないんだよ」


 実月フリュクティドールは呆れたような声音で言った。





 そのとき、キャサリンの頭の中で何かが切れたような音がした。

 今までなかった……いや、忘れていたどす黒い暗い感情が、一気に彼女の胸の中にあふれ出した。怒り、憎しみ……そして強烈な悲しみだ。




 少女の髪が、黒に染まった。




 突然、激しい音を立てて、キャサリンの体から真っ黒な靄が出た。

 実月フリュクティドールの視界が真っ暗になり、彼女は焦る。


「なんだ……これは」


 相手は火を出そうとするが、なにもできない。


「まさか闇の能力か……?」


 闇は火の能力の天敵。さっさとその場から出るしかない。実月フリュクティドールは闇が届かないところまで、一気に飛びずさった。

 闇の靄はひっきりなしにキャサリンから、激しく出ている。まるで黒い悪魔が彼女の上を踊っているようだった。


「恐ろしいな……」


 どう彼女に近づこうか思案したとき、後ろから突然奇妙な音が聞こえた。間一髪で避けたのは、鋭い形をした植物。赤褐色の髪をした青年が、鬼のような形相で攻撃をしかけてきた。


「クソッ!」


 実月フリュクティドールは火の竜巻を出し、アーベルを惑わせる。アーベルがそれを岩の力でかためて消していた隙を使い、敵は逃げ出した。

 青年は一度追いかけようとするが、黒い靄のほうへ戻ることを決意する。


「キャサリン!」


 真っ暗な中、青年は呼びかけた。闇と一緒に出ている激しい風と雪で、まともに動くことさえできない。アーベルはもう一度大きな声を出した。


「キャサリン! アーベルだ! 落ち着いてくれ、頼む! 日向はどこだ?!」


「日向」という名前を聞いたとき、キャサリンの闇は少しずつ弱くなり、そして完全に消えた。


 視界が開けたとき、アーベルが見たのは、悲惨な光景だった。

 手足が切られた黒髪のキャサリンと、虫の息になった日向だった。


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