第117話 探索
ハヨンは朝食を食べ終えると、食器を台所まで持っていった。次は何をしようかと思っていたとき、玄関の扉が開く音がした。そっちのほうへ顔を向けると、赤褐色の髪をした青年が入ってくるのが見えた。ハヨンはその人と戦ったことを思い出し、思わず身を縮めた。
だが、青年はハヨンの姿を見て微笑んだだけだった。
「どうも」
彼は挨拶した。
「あ、アーベル、お帰り!」
アリシアが青年の姿を確認すると、にこやかに言った。
「ただいま、アリシア」
「ずいぶん帰宅が遅かったね」
「ああ、遠いところ行かされたんだ」
アリシアと青年はそのまま奥へと消えた。ハヨンはそのまま家の中を探索することにする。また二階へ戻ると、部屋のうちの一つが開いていることに気がつく。中を覗くと、机やパソコンがあるのが見えた。どうやら仕事部屋みたいだ。
ハヨンはそっと中に入っていった。机の上のノートに目をやるが、どうやらただの家計簿でなにも面白いものは書いていなさそうだった。引き出しをちょっと開こうと思ったが、それは鍵がかかっているようでビクともしなかった。
諦めて目線を移すと、ふと机の上に二枚の写真が立っていることに気がつく。一枚目は青年の顔だった。それは明らかに遺影であった。黒髪のアジア人で、きりっとした表情をしていた。
もう一枚目は少女の写真だった。彼女の写真は青年のほど大きくなかった。彼女は肩まで届く茶色の髪をしていて、目も明るい茶色であった。彼女は笑っていたが、なぜかその目の奥にただならぬ気配をハヨンは感じた。
「あらあら、こんなところでどうしたの?」
そこで突然後ろから声を掛けられ、ハヨンは飛び上がった。振り向くと、長い黒髪の女性がにこにこしながら立っている。日向だ。いつの間に帰ってきたのであろうか。ハヨンはどぎまぎして、黙り込んでしまった。
「そんなに緊張しなくていいのよ。ここは私の仕事部屋なの。面白いものは特に何もないと思うけど、その写真が気になる?」
写真を見ていたことは気づかれていたみたいだ。
「この人は私の……大切な人。他のペストと戦っていた時に、安保隊に撃たれて亡くなったの」
「え?!」
ハヨンは思わず驚きの声を上げた。
(待って、安保隊に大切な人を殺されているなら、なんであいつらをかばうような真似をするの?!)
思考は全部顔に出ていたようで、日向は力なく笑った。
「そうね、私たちがなぜそれでも安保隊に協力するか……。それはある子が私たちを信じてくれたから」
日向はどこか遠くを見るような目つきをした。
「あの子は安保隊訓練兵で、ペストによる火災で両親を亡くしている。普通はペストのことをとっても憎むよね。私だってきっとそうなってた」
彼女はわずかに目を細める。
「それでも彼女は変わってくれた。私たちのことを信じてくれた。たった一人の安保隊がペスト側を理解してくれただけじゃ、なにも変わらないと思うけど、私はその信頼を裏切るようなことはしたくないと思った」
「で、でもどうやって改心させたんですか? 安保隊なんて全員プロパガンダに洗脳されているものじゃないんですか?!」
ハヨンのその言葉に、日向は思わず笑ってしまった。
「そうね、私もあのときは驚いた。まあ原因は『愛の力』ね。ほんっと、恋愛って素晴らしいよ」
彼女の答えに、ハヨンは納得していないようだった。
「大丈夫よ。会えばきっとわかる。あの子、顔に出ちゃうからね。肝心の本人は気づいてないけど」
日向はアホ面をさらす怜を思い出してため息をついた。
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