第115話 受け入れ

 突然空中に大きな真っ黒い穴が現れた。その途端、すべてのものがそこに吸い込まれ始めた。あらゆる要素、水分、石、砂、空気、そして光までも。


 これは闇の最大の術で、ペストの能力に関係するものを全て吸い、消し去るものである。ただし生きているものは直接は消せない。


 少女の生み出した輝く龍は、そのままその真っ黒な穴に消えてしまった。それを確認したクリシュナは、手を空中にあげてから握る動作をした。穴は小さくなって消えた。


「ああ……」


 自分の大技さえ効かなかったという事実に、少女は絶望して座り込んだ。キャサリンはさっきのブラックホールのあまりの大きさに驚き、動けなくなっていた。


「あんまり舐めてもらっちゃ困るな。僕は仲間の中で一番強い闇のペストだよ。だからこの班員の中での闇の能力者は僕一人で済んでいるんだ」


 彼はうつむいたままの少女に近づいた。


「もうやめよう。どうあがいたって勝てないよ。世の中は大きすぎる。たったひとりだけでそれを変えるなんて不可能なんだ」


「……じゃあぼくはどうすれば! もう居場所もないし、することもない! ぼくは一人なんだよ!」


「じゃあ、私たちのところへ来ればいいじゃない!」


 そこでキャサリンが提案する。


「居場所は私たちが作るよ! おいで!」


 少女は目を見開いた。心底驚いているようだった。


「でも……」


「危ないわ!」


 そのとき発砲音がしたかと思うと、上空にいたリーナが風の力で弾を吹き飛ばした。どうやら安保隊が近づいてきているようだ。


「もういこう。ここに長居しちゃまずい」


 クリシュナとキャサリンは少女を支えながら、その場を離れた。空を闇でおおえば、もはや安保隊に追跡は不可能だ。

 班員が全員隠れ家に戻ってから、クリシュナは指をパチンと鳴らし、闇を消した。

 連れてこられた少女は、もう戦う気力がないように思えた。彼女はただ床に座り込んだ。


「大丈夫?」


 そんな彼女に日向は優しく話しかけた。


「こっちに椅子があるから座って。怪我とかはしてない? そう、よかった。お名前は?」


「ハヨン……。キム・ハヨン」


 少女はぼそっと答えた。


「出身は?」


「韓国……だけど12歳のときからアメリカに住んでる」


「なるほどね。能力は火、だよね?」


 彼女はこくりと頷いた。短い黒髪が揺れる。


「両親は……」


「ぼくをかばって安保隊に撃たれた。他の親戚は皆韓国にいる。……幸い、韓国襲撃には巻き込まれていない」


 少女は淡々と答えた。


「じゃあずっと逃げ隠れて生きてきたってこと?」


「……うん」


「偽風月ヴァントーズに従っていたのも、他に行くところがなかったから?」


 キャサリンが尋ねると、ハヨンは目線をちらっと彼女に移してからまた頷いた。


「……」


 金髪の少女が渋い表情で黙ってしまったのを見て、ハヨンは彼女の誤解を解こうと必死になった。


「待って、違う。ぼくあいつになにもされてないよ。アジア人は興味なかったから……」


「あ、よかった」


 キャサリンは安心して、にこっと笑った。日向も微かに笑みを浮かべてから、彼女に問いかけた。


「ハヨンちゃん、私たちは不動産会社に雇われたペストたちで、そのマンションを守る仕事をしているの。確かに危険な仕事だけど、外で一人でいるよりは断然安全だし、衣食住がもらえるのよ。ぜひここで働かない?」


「……」


 ハヨンは黙ってうつむいてしまった。どうするか決めかねているようだ。


「ゆっくりでいいのよ。しばらくここにいなさいな」


 日向は優しく彼女にそう言った。




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