第113話 復讐が生むもの

 クリシュナは唯一の肉親であった父方の祖父と一緒に、インドで暮らしていた。両親のどちらも高齢出産で生まれたので、母方や祖父の妻はもう亡くなっていた。彼の両親はいなかったが、てっきり病気か事故で死んでしまったものかと少年はずっと思っていた。彼らの記憶は少しだけあった。寂しくはあったが、祖父がいてくれたおかげで、一人だとは感じていなかった。


 クリシュナはいつからかははっきり覚えていなかったが、闇の能力を幼いころから持っていた。インドは西欧と違ってペストには寛容な国だったので、特に困ることはなかった。クリシュナは学校に通いながら、祖父の仕事の手伝いをしていた。そのときからもうすでに数学や生物が得意であった。


「クリシュナ、お前はほんとうにいい子だな」


 祖父はよくそう言い、クリシュナの頭を撫でた。それは少年にとって一番幸せな瞬間の一つであった。


 インドにはヒンドゥー教の祝祭日があり、その日には盛大なお祭りが行われるのだが、祖父はクリシュナに厳しく、祭りに行ってはいけないと言いつけていた。理由がわからなかった少年は、いつもそれに不貞腐れていた。

 ある日我慢のできなかったクリシュナは、友達と一緒に祭りに出かけてしまった。とても楽しかった。賑やかで、明るくて、とにかく素晴らしかった。だが同時に少年はその大量に歩いている人々に、どこか漠然とした不安を感じた。

 最終的にいろいろ買って帰ってきたクリシュナを迎えたのは、非常に厳しい顔をした祖父だった。


「クリシュナ!」


 彼は怒鳴った。少年は自分の祖父が怒鳴るのを初めて聞いた。


「祭りに行くなと言っただろう! なぜ言いつけを破った!」


 彼の言葉に、とうとう少年は耐えきれず反論した。


「おじいちゃんこそなんだよ! いっつもダメってばかり言って! 理由を教えてよ! ただ言うだけじゃわからないよ!!」


 そのとき祖父はハッとした顔をした。彼は椅子に座り込み、悲しそうな目でうつむいた。そこで老人はぽつりぽつりと、クリシュナの両親になにがあったのかを語り始めた。


 両親はテロで亡くなった。

 クリシュナが4歳のとき、父と母は彼を連れてお祭りへ行ったのだった。そこで起きたのは大規模テロ。両親はクリシュナを守るようにして亡くなり、クリシュナは能力を覚醒することで生き残った。なにが起きたのかわからず茫然としていた幼い彼を、祖父は引き取ったのである。

 老人は恐れていた。また同じことになるのではないかと。クリシュナは彼にとっての唯一の生きる意味であった。


 クリシュナは、祖父の話を聞いて、すべてを思い出してしまった。父と母の手の温もり、地面を濡らした血、倒れた大量の人々……。突如脳内によみがえった記憶は、クリシュナを悪いほうに向かわせてしまった。

 彼はテロ組織を滅ぼし、両親の仇を取ろうと決意したのだ。


 それ以来少年は祖父に隠れて、復讐のための準備をした。まず、テロ組織のサイトをハッキングし、そのメンバーを突き止め、彼らを自分の能力で脅すことで本拠地を暴いた。クリシュナの憎しみの炎は誰にも消せなかった。彼は祖父に短い手紙を残し、家出してたった一人で敵を追い詰め続けた。

 とうとうテロ組織の頭についたときには、クリシュナは15になっていた。やっと復讐ができると思ったとき、彼を迎えたのは瀕死の祖父であった。テロ組織の人たちはクリシュナを脅すために、彼の素性を探り彼の唯一の肉親である祖父を誘拐し拷問したのだ。


「お前もいずれこうなるぞ」


 奴らはそう言い、あざ笑った。それがクリシュナを爆発させた。彼は闇の能力の技の中でも禁断と言われていたものを使った。最悪自分が巻き込まれるもので、リスクの高い危険な技であった。それは「空気」という要素を排除するものであった。

闇は様々なものを排除できる。「光」「炎」「大地」「動植物」「水」「衝撃」など……。風の能力の一部である「空気」というものを消してしまえば、待っているのは死のみである。クリシュナの周りの敵は全員窒息して死んでしまった。


 かろうじて呼吸をしていた祖父を抱きしめながら、少年は泣いた。己のやったことを後悔した。なぜ自分の大切なものをちゃんと見れていなかったのだろう……どうして一時的な怒りで暴走してしまったのだろう……。もしそこでマダーがたまたまやって来なかったら、彼は廃人になっていたかもしれなかった。


 だがマダーは来た。彼女は自分の血で、老人を癒した。クリシュナの人殺しの証拠も消してくれた。そのおかげで、クリシュナは自分の祖父とまた穏やかな生活に戻ることができた。少年はひっきりなしに彼に謝った。祖父は怒らず、ただクリシュナが無事でよかったとしか言わなかった。

 しかしその生活は長くは続かなかった。とっくにインドの平均寿命を超えた祖父は、病気にかかってしまった。傷や臓器の不調は治せても、病気は治せない。それが大地能力者の治癒力の限界であった。

 祖父はたった一人の孫に看取られながら、穏やかに亡くなった。


 一人になってエネルギーを失っていた少年のところに、ふたたびマダーがやってきた。彼女は彼に、「ニューヨークで働かないか」と提案した。あてがなく、持っていた携帯の影響でITやパソコンに興味があった彼は、それに承諾した。


 16歳半のときに、クリシュナ・シャルマはフェアリー団三班に所属することになった。


 クリシュナの心には復讐に走ってしまったことへの後悔が依然として残っていた。そもそも立派なテロ組織に対し、自分が傷ひとつ受けず勝てると思っていたこと自体が間違っていた。少年は自分を過信していた。もしあんなことをしなければ、祖父はもっと穏やかな生活が送れたかもしれない。失ったものよりも、今自分の中にある大切なものをちゃんと見るべきであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る