第104話 闇を消し去れ

 闇の能力者に一番聞くのは物理攻撃である。アドハムとガブリエラももちろんそれがわかっていた。


「俺が闇を消すから、攻撃を頼めるか?」


 ガブリエラはアドハムの言葉に頷いた。


「よし、行くぞ」


 アドハムは呟いて、目標を定めた。腰に潜ませていた短剣を取り出す。ここからは死闘だ。ガブリエラはいつのまにか姿を消していた。きっとなにか作戦があるのだろう。


「ほう、戦うのか」


 相手のほうも武器を取り出す。さきほどキャサリンを刺したナイフ……と黒いピストルだった。

 アドハムは少しびっくりしたが、すぐに冷静になった。別に特に驚くべきことではない。アメリカでは21歳以上になったら、ピストルなぞすぐに買える。

 これは逃げが勝負になってくる。そしてどこに隠れるかだ。


(他人を巻き込まないようにしなければ……)


 なにをすればいいかを整理した瞬間、彼は走り始める。敵もすぐに撃ってきたが、それは地面を叩いただけだった。建物の陰まで来たとき、アドハムは荒れた息を整えた。いくら戦い慣れているとはいえ、銃は緊張する。


(いったいどうすればいいんだ……)


 男はゆっくりとアドハムの隠れる場所に歩いて行った。だがその途中で誰かが、彼に向けて撃った。弾はあたらなかったが男は立ち止まり、その勇気ある行動をした主を見る。それは高校生くらいの少年で、ガタガタ震えていたがしっかりと銃口を敵に向けていた。一体どこから銃を持ってきたのか。


 男はにやりと笑うと、闇を充満させる。光もないところに恐怖を感じるのは、人間の本能によるものだろう。少年は姿が見えない敵におびえ、銃をあちこちに指したが、他人が巻き込まれる可能性もあるため撃つことはできなかった。

 突然、銃が奪われ、少年の手が拘束される。喉元には冷たいなにか。おそらくナイフだろう。青年は恐怖で息を呑んだ。


「そうそう、その表情かおだよ。それこそが芸術っていうやつだ」


 男は低い笑い声を立てた。そのまま彼が青年の首を掻っ切ろうとしたとき、後ろに気配を感じた。瞬時に避けると、短剣が空を切る音がした。

 ざまあみやがれ。彼はあざ笑ったが、アドハムはすぐに空中で体勢を立て直した。同じ闇の能力を持った彼は、光がない場所でも周りを「見る」ことができた。男がピストルをアドハムに向けようとしたが、彼はぎりぎりまでしゃがんで避ける。そのまま少年は、くるくると数メートル地面を回り、一瞬で起き上がった。短剣をぎゅっと手で握りしめる。若干手汗が出ているのが気になった。


 だが、それもほんの一秒。いちはやく彼は走り出した。その直後に銃声。それはアドハムの走った後を、なぞるようにして追いかけてくる。

 壁を支えにしてたびたび飛びながら、アドハムは器用に銃弾を避け、距離を縮めていった。がむしゃらに撃ち続けていた相手だったが、ふと銃口からなにもでなくなってしまった。弾がきれてしまったのだ。


 その隙を最大限に生かして、少年は急速に敵に側近し、彼の腕を締め上げる。思わずピストルを落としてしまった男は、慌ててアドハムを地面にたたきつけ、銃を拾おうとする。だがそこで、一羽の鳥が武器を奪ってしまった。ローザが操作した鳥のしわざであった。彼女はまだひっきりなしに他のペストと戦っていたが、それらはだいぶ数を減らしていた。その間に捕まえられていた高校生は一目散に逃げ出す。


 男は激怒した。銃を見たときの人間の絶望する顔は芸術的だったのに、あの少年は自分の楽しみを奪ったのだ。許さない。

 彼は自分の闇の領域を出て、疲れてきたアドハムを執拗に追いかけた。アドハムの息が乱れ、飛ぼうと準備したその一瞬を使って、彼は少年の足を掴み地面に殴りつけた。アドハムの鼻から血が噴き出し、彼は痛みに呻いた。男は彼の首を掴んで壁に追い詰め、ナイフを振り回して彼の喉にあてた。アドハムは必死に男の腕を抑えた。


「いひひ……そうだ、その顔だ」


 男はにやりと笑った。


「まったく、同胞を殺すはめになるとはな。だが、ペストといえど俺たちの計画を邪魔する奴は立派な芸術のための材料となる。さあ、その表情を保ったまま、死ね____」


 敵がナイフを振り上げたとき、彼の後ろのアスファルトが割れた。飛び出してきたのはガブリエラだった。大地能力を使って、ずっと地面の下で潜んでいたのだろう。

 ガブリエラは手に持った短剣を迷うことなく思いっきり突き出し、男の頭を貫いた。彼はアドハムを抑えていたので、それを避けることができなかった。


「なっ____」


 男は最期に何かを言おうとしたが、そのまま白目をむいて絶命した。鮮血がガブリエラの顔を濡らしたが、彼女は一切動揺しなかった。少女はそのまま仲間に手を差し出した。


「あ、ありがとう……」


 アドハムは荒い息を吐いて、なんとか答えた。彼とガブリエラにはニ年しか年の違いがなかったが、とても彼女のように覚悟を決めることができないような気がした。

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