第100話 いつでもあなたの手を取る

「ローザ! 大丈夫か?!」


 闇からふらふらと這い出てきた茶髪の少女のもとに、翔が駆け寄る。


「ええ……なんとかね……っありがとう」


「礼ならライアンに言ってくれ。あいつが一番最初に気が空いた。キャサリンは?」


「まだ中に……いるに違いないわ!!」


 翔は不安な顔をして、広がる黒を睨みつけた。


「……わかった。俺が何とかする」


「でもどうやって?! 怜がここにいるわけでもないし……闇を消す方法なんて……!」


 彼女のその言葉に翔はぴくっと震えた。あの悪夢がよみがえる。


 怜が炎を消せるとしたら、俺にはなにができる?


 翔はそのネガティブな思いを払拭した。ぐずぐずしてはいられない。それにキャサリンは言ってくれただろう。


『翔は強いよ! いつも私のこと、助けてくれるじゃない!』


 ふとその言葉を思い返したとき、いなくなった姉が昔言ってくれたことが突然脳内に響いた。


「……そうか」


 少年は何かを思いついたようだった。彼は安保隊の前まで行った。兵士たちは現状をまだよくわかっていなかったらしく、仲間と情報交換をしているところだった。翔は彼らの前をゆっくり飛ぶことで、彼らを挑発し始めた。


「舐めてんのか、あいつは!」


 案の定隊員の一人がキレて、銃で一発撃った。銃声が近くで聞こえたことにペストが驚いたのか、闇が少し霞んだ。





(なんなの……? ぜんっぜん外に出られない……)


 キャサリンは彷徨っていた。走っても、走っても、出口は見つからない。周りを取り囲むのは光が一筋もない闇、闇、闇……。呼吸が荒くなって、少し休もうと立ち止まったそのとき、突然誰かに腹を蹴られた。


「うぐっ!」


 少女は地面に転んだ。


(誰だ?!)


 周りを見まわすが、もちろんなにも見えない。ふたたび蹴りが入れられた。痛かった。吐き気も一気に襲ってきた。

 だがキャサリンはめげなかった。もう一度相手の攻撃がきたとき、その足に噛みついたのだ。敵は慌てたようだった。しかし、すぐにそいつはキャサリンを引きはがし、今度は武器で襲ってきた。


 背中が刺された。


「いっっっっ___」


 なんとか呼吸を整えて、ふたたび彼女はもがいた。刺されたところが焼けるように痛む。動くのが辛い。でも負けちゃいけない。相手はおそらく頭を狙っている。ペストは脳をやられたら死んでしまうからだ。どうにか攻撃のタイミングを予想して、瞬時に避ける。しかし、腰付近をやられてしまう。痛みはだんだんとキャサリンの体を動けなくさせる。


 ……もうダメなのかな。


 意識が朦朧とする。咳が出て、口から血が垂れてきた。


 まずい、本当にまずい。

 ここで私は死ぬの?


 ……いやだ。嫌だ! 嫌だ!! 死にたくなんか___


 突然銃声がした。キャサリンはもちろん、彼女を殺そうとした本人も驚いたのか、少しだけ闇が晴れたような気がした。


 そしてそのタイミングを逃さなかいように、一筋の輝く炎の閃光が敵の鼻すれすれのところをかすった。輝く漆黒の髪を持った少年がキャサリンのところへ飛び込んできた。翔だった。彼は初めて会ったときのようにキャサリンを急いで抱え、暗闇から光へと出た。


「キャサリン! 大丈夫か?!」


 翔が心から心配そうな表情で、腕の中の少女を見つめた。しかし、そこでふたたび銃声が轟く。安保隊のものだ。


「ちっ」


 少年は舌打ちをし、攻撃が届かないところであろうところまで非難した。その間に彼の髪が金髪に戻る。


「ロ……ローザは……?」


「あんまりしゃべんないほうがいい……。ローザはさっきガブリエラのところへ行った。ぴんぴんしていたぞ。少し待ってくれ」


 翔はいつもの黒い鞘に入った短剣を取り出すと、自分の腕を傷つけた。血が垂れてきて、キャサリンの刺された背と腰付近を濡らした。それはすぐに彼女の怪我を再生する。もしこれがなかったら、5分程度待たなければならなかっただろう。


「ごめん……。また助けられちゃった……」


「謝らなくていい。無事でよかった」


 翔は優しく言った。


「ていうかさっきの魔力コントロールすごかったね……誰もあんなに細い攻撃はできないよ……」


 気づいてもらえて嬉しかったのか、翔は少し自慢げな顔をした。姉の言葉がもう一度脳内で響いた。小さい頃、姉や弟と違って特技などないことを、姉に嘆いた時だった。


『何言ってんだ』


 彼女は笑った。


『お前は魔力コントロールが得意だろう。あそこまで魔力を一箇所に集中させるのは、流石に私でもできないよ』


「はあ、でも私全然強くなってないな……修業したのに……」


 傷が回復して立ち上がったキャサリンは、ぼそっと呟いた。


「十分進歩しているぞ、キャサリン。それにたとえこれからピンチに陥ったとしても、俺が必ず助ける」


 かつて俺を救ってくれたように。


 キャサリンはその半分告白のような発言に、顔を赤く染めた。だが、少年がそれがどう聞こえるのか気づいていないことも、彼女は知っていた。

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