第95話 嫌いな美
その言葉に姉妹はぞっとした。男はおそらく二十歳を越えている一方で、ミラベッラは大人びて見えるとはいえまだ14だ。
「なんて美しい少女だ……。名前はなんていうのだ?」
「う、うるさい!」
ミラは震えながら叫んだ。確かに昔から彼女はその美貌ゆえ、多くの人から好奇の目で見られていた。
「ならもっとその顔を見せてくれないか?」
男は二人に歩いてきた。姉妹は後ずさった。じれったくなったのか、男は二人に腕を伸ばした。地面から突然植物が生え、ミラを掴んだ。
「やめて!!」
ジャナは叫んだが、そのまま妹は変質者の目の前まで連れていかれた。
「ほう……」
男はますますミラに見惚れたようだった。
「見れば見るほど美しい……。お嬢さん、わたくしとともにペストの楽園を目指しませんか?」
「は……?」
ミラはますます恐怖で震えた。
「ふふ、わたくしといれば安全ですよ。一緒に行きましょう」
男はそのままミラを連れて行こうとした。
「いや、嫌だ!!!!」
「妹を離せ! このクソ野郎!」
ジャナがガラスのかけらを持って、ペストの男の腹部を刺した。
「うっ!」
ジャナは妹を縛っていた植物を切って、なんとか彼女をそこから出した。二人はすぐに離れようと走り出した。
他のペストならジャナの攻撃は、もう少し時間稼ぎになったかもしれなかった。だがその男は大地の能力をもっていた。怪我はすぐに回復した。
「ふん、姉妹愛は美しいものだが邪魔でもあるな」
彼は少し二人と距離をつめると、人差し指を動かしてまたミラを植物で捕まえた。ジャナはミラの手を掴んで止めようとした。男はイラつきを抑えることができず、とうとうジャナに指を向けた。火の能力が発動され、攻撃はまっすぐ彼女にあたった。
ジャナの体が燃えた。ミラは呼吸ができなくなった。二人の手が離れた。
「いやあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
燃える姉とだんだん距離が遠くなっている。彼女が死に際にもわずかに自分に手を伸ばしたのが見えた。
「よしよし。
男は一人を殺してしまったことをまったく気にしておらず、微笑みながらミラベッラを撫でようとした。
「このっ人殺し!!!!!!!!!!」
ミラベッラはそこで爆発した。爆風が植物を飛ばし、あたりを響かせた。自由になったミラを、男はあきらめずにまた捕まえようとした。
だがそこでエンジン音が聞こえてきた。安全保障隊だ。
「ちっ」
男は彼らを見るとすぐに姿を消した。ミラは姉のところへ駆け寄った。消火しようとしたが、無駄だった。彼女はとうの昔に絶命していた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!!」
ミラは震えて泣き出した。隊士たちの数人は瓦礫に埋もれた人々の救助を始めたが、一部はミラのほうへ行った。彼らは無言のまま彼女に銃を突きつけた。だが、ミラにはもうどうでもよかった。ただ燃え尽きた姉の体に、むせび泣きながらそっと触れていただけだった。
隊士が銃の安全装置を外して、迅速にミラを排除しようとしたそのとき、別の黒い影がミラをその場から離した。
マダーだった。
ミラは姉から離れることを嫌がったが、マダーはなだめて彼女の能力を消そうとした。だが両親の訃報を知らされたあと、彼女は能力を失うことを拒否した。
「消さないで。この能力は復讐に役に立つ。私はあいつを絶対に探し出して殺すの」
ミラベッラの目には怒りが燃えていた。
「お父さんとお母さん、お姉ちゃんを殺したことを私は絶対に許さない」
彼女の理由に納得したマダーは、二十歳になるまでフロスト社で働くことを条件に、彼女を当時のニューヨーク一班に連れて行った。
ミラベッラは変わった。明るかったはずの彼女は他人を信用できなくなり、そして自分の美貌を激しく嫌悪するようになった。自由時間にはいつも自分の部屋に閉じこもって、バイクのヘルメットを被ることで自分の顔を見ないようにした。
とはいえ、いつまでも一人でいたわけじゃなかった。頑固だった真莉や、雪のような少女オクサーナ、運動が得意だった彼女たちの親友エレナとはよくつるんだ。男子のメンバーとも最初はトラウマがあって関われなかったが、ほんの少しずつ改善していった。
トアンは昔からいたメンバーの一人だった。彼は、幼い弟と双子の妹を養う結婚したばかりの姉を支えるために、出稼ぎとしてマダーに連れられてきたのだ。陽気な性格で、いつも黙っていたミラベッラを笑わせようといくつもの手を試してきた。最初はそれを鬱陶しいと感じていた彼女だが、だんだんと好感を抱くようになってきた。
トアンのほうはミラベッラと話し、彼女のことを知るたびに、彼女への興味が増した。素顔ももちろん見たかったが、彼はそれを絶対に頼むことはしなかった。傷つけてしまうことをわかっていたからである。
だがある日、事件は起こってしまった。
その日、ミラベッラは風呂から出て、パジャマを着て髪を乾かしているところだった。他の皆は用事でいなかったので、ミラはリラックスしていた。
ところが、その日たまたまトアンのみ早く帰ってこれたので、彼は手を洗うために洗面所にすっとんでいった。
そして彼は偶然見てしまった。ミラベッラの素顔を。
トアンはその場で動けなくなった。彼にとってそれはまさに衝撃であった。こんな美しい少女が、この世に存在してもいいのかと思った。
ミラは残酷にも、彼の表情で心にどんな変化が起こったのかを察した。結局自分の美しさは、信用していた友達をも魅了してしまった。彼女は自分自身に怒り、また悲しみもした。
トアンはそれを理解して、自分の感情は一切出さないようにした。彼はただミラベッラを思いやった。ミラもそれを理解し感謝していたが、素直に受け入れることができなかった。
二人の微妙な関係はいまだ続いたままだった。
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