第94話 過去は身を蝕む

 ミラベッラはイタリアの北部、ミラノで生まれ育った。ミラノは古い建物に囲まれた美しい街で、大聖堂や城があったので観光客にも人気な場所であった。

 2016年に起きたヨーロッパ大規模襲撃では、イタリアは直接被害は受けなかったが、難民が流れ込むなどという影響はあった。


 ミラベッラは幼少期から、とても整った顔立ちをしていた。目はきりっとしたハシバミ色で、髪はカールがかかった美しい丁字茶色だった。それは日光に当たると、金色に輝いた。14歳のときにはそばかすがあったが、それさえもかわいらしいと思えるほど、ミラベッラは素晴らしい美貌をもっていた。彼女は小さい頃からファッションに興味を持っていて、将来はファッションデザイナーになることを夢見ていた。


 ミラベッラの姉の名前はジャナで、フラヴィオとは反対の性格をしていた。年齢は21歳、大学生だった。勝気でおてんばな妹と違い、ジャナは大人しくて優しい少女だった。彼女もかなり美人なほうだったが、おしゃれに興味を持たず本ばかり読むような子であった。髪と目の色こそ一緒であったが、カールしたミラと違い、ジャナの髪はストレートであった。それから彼女は丸眼鏡をかけていた。


 性格や容姿の違いにも関わらず、ミラベッラとジャナはとても仲が良かった。休日に、二人はよくいろいろなところへ遊びに行っり、美味しいものを食べたりした。


 そんな素敵な生活は、ある日突然終わりを迎える。


「ねえ、お姉ちゃん。学校の宿題わからないんだけど教えてくれる?」


「もちろんよ、ミラ」


 ジャナは成績優秀者だったので、快く妹にいろいろ教えてあげた。


「ありがとう! これで完璧!」


 ミラベッラは嬉しそうにほほ笑んだ。彼女が笑うと、太陽が昇ったように周りが明るくなる。そんな妹は、ジャナにとって一番大切な人だった。


「ジャナ、ミラ、晩御飯だぞー」


「はあい」


 アンジェリコ家では、父親のほうが料理が上手だったので、晩御飯を作るのは彼の仕事であった。イタリアでは昼食が一日のメインであるので、夕飯は軽く済ませる。

 食べ終わった姉妹たちは、ジェラートを食べたくなり外へ出た。ジャナはバニラ、ミラはチョコレート味を選んだ。二人は食べながら、学校のことなどを話す。


「よし、もう遅くなってきたから戻ろうか」


 ジャナが言ったその時。突然、大きな爆発音が響いた。


「なに今の?!」


 ミラとジャナが慌てて、あたりを見回すと、目の前のアパートが燃えていた。


「火事……?」


「ガスの漏れかしら……」


 一回きりだと思われていた爆発だったが、今度はまた近いところで建物が発火した。次々と人の住んでいる住居が焼けたり、崩れたりした。


「なんなの、これ……」


 ふと、ジャナの脳裏にヨーロッパ襲撃の動画を見たときの記憶がよみがえる。ここにいるのは危険だ……と彼女の本能は警鐘を鳴らしていた。


「ミラ! 逃げるよ!」


 妹の手を引いて、姉は走り始めた。地上にいては爆発に巻き込まれる危険がある。地下鉄に入ろうと、彼女は入口を探したが、そこにはすでに人がかなりいた。


「間に合え!」


 ジャナは祈ったが、爆発は彼女らの後ろの建物を順々に襲い、とうとう姉妹に追いついた。瓦礫が人々の頭上へ落ち、悲鳴が上がった。ミラは一瞬気を失ったが、すぐに回復した。


「くっ……いったぁ……」


 背中がじんじんする。頭上には重い石の塊があり、それが体の動きを邪魔した。瓦礫の隙間からわずかに光が漏れ、ミラの瞳を照らした。

 ジャナはどこだ? ミラはとたんに姉のことが心配になった。辺りは不気味なほど静かだ。まさか……。


「ミラ! どこにいるの?!」


 そこで姉の悲痛な声が聞こえた。妹を必死に探していた。


「お姉ちゃん!」


 ジャナはミラの居場所を突き止めると、なんとか瓦礫を動かし妹を救った。


「無事でよかった……!」


 二人は涙を流して喜んだ。


「他の人は……?」


「埋もれた人が結構いるみたいね。安全保障隊を呼ばなきゃ!」


 ジャナは隊に電話して、自分たちがどこにいるかを伝えた。


「来てくれるって」


 姉は妹を安心させようとして、にっこりと微笑んだ。


「お父さんとお母さん、大丈夫かな……」


 ミラは両親のことを心配した。ジャナも不安になったが、それを表情には出さなかった。


「大丈夫よ。今頃、私たちを探しているんじゃないかしら。今は皆を助けましょ」


 ジャナの言葉に、ミラはうん、と頷いて、姉妹は瓦礫を少しずつ移動させていった。人の声が聞こえてきたときには、姉妹は言葉を返し彼らを元気づけさせた。


 あと少しで一人を救出できる、となったとき、奇妙な音が背後から襲った。虫のような音だった。姉妹が振り返ると、そこには身長のかなり高い男が立っていた。髪は茶髪で長く、ポニーテイルにして結んでいる。背中には蝶のような羽がついていた。


「ぺ、ペスト?!」


 ジャナは警戒して、妹を隠すようにして立った。男は低い笑い声を立てた。


「そこまで警戒しないでください、お嬢さん。わたくしは感心してみていただけなのです」


 彼の言葉に、ジャナはわけわからないという顔をした。しかし、ペストはかまわないようで、そのまま続けた。


「人々を助けようとするその姿……。慈悲の心があるというのは女性として素晴らしいことです」


「なにべちゃべちゃしゃべっているんだよ、お前! どっかいけ!」


 ミラはジャナの後ろから顔を出して怒鳴った。男は彼女に驚いた表情をした。それから目がなにか貴重なものを見つけたときのように、きらきらと輝き始めた。


「美しい……」


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