第90話 星の下を走る

 ロサンゼルスは眠っていなかった。夜のニューヨークと同じように、街は中身がたくさんつまった宝石箱のようにきらきらと輝いていた。


 様々な色に輝くネオンの下を、トアンと翔が運転するバイクは駆け抜けた。キャサリンは彼の胴体に手をまわしていた。彼女の左に寄った前髪は夜の風を受けて、少しなびいた。


 四人はやがて、街の中心から少し離れたさびれたところについた。壁には落書きが多数あり、治安の悪さが伺える。四人はバイクを降り、少し歩いた。すると、すぐにピアスをたくさんつけ、入れ墨だらけの危ない人たちが集まっている場所に来る。


「よっ!」


 トアンは小さく右手を挙げた。しかし、ギャングたちはじっと四人を睨みつけながら、ただタバコをふかしているだけだ。


「あちゃー、俺のこと忘れちゃったんかなー」


 軽い口調で言いながら、トアンは指をパチンと鳴らした。突然、少し離れたところにあったはずのギャングたちのタバコが燃え上がった。


「うわあああ!」


 彼らは驚き、慌ててタバコを捨て、足で踏んだ。


「トアン……!」


 ギャングたちは怖がっているようだった。


「思い出してくれたか。トアンだよ。君たちに聞きたいことがあってね」


「な……なんだ?」


 ギャングたちは怖がっているようだった。


「ペストのマフィアの話だよ。最近情報聞いてない? ショッピングモールが放火されたのは知ってる?」


 彼らはお互い顔を見合わせて、少し話し合った。


「最近はあまり聞かないが……うちのが確か今日鉢合わせしてたぞ」


 そのうち一人が言う。


「どこで?」


「ドジャースタジアムだ」


 ロサンゼルスの有名な野球スタジアムの名前だ。そこで売られているホットドッグは、アメリカの野球場で売られているものの中で一番多く売られていて、ドジャースタジアムの名物のひとつとなっている。


「そういえば今週の木曜日から試合が見れるんだもんな」


 ミラベッラが呟く。


「それを狙ってテロを起こそうと考えていてもおかしくないな。よし、行ってみよう。情報ありがとう! また頼むよ」


 ふたたび四人はバイクに乗り、スタジアムに向かった。

 深夜の野球場はひっそりとしていた。一月と二月上旬は試合が一つもないので、長い間人が来ていないだろう。


「二手にわかれよう」


 班長はそう提案し、ミラベッラとキャサリン、トアンと翔に分かれた。二人はまず、スタジアムの周りを見てみようということを決めた。

 キャサリンは背の高いイタリア人の後ろを黙ってついていった。沈黙を嫌がったのか、ミラベッラは少女に話しかけた。


「どうだい、真夜中の散歩は。あまり慣れていないだろう? 日向が許可するとは思えないからな」


「あんまりすることはないですね」


 えへへ……とぎこちなくキャサリンは笑ったが、ミラベッラは鼻を鳴らしただけだった。


「丁寧にしゃべるのはやめな。敬語は嫌いなんだ」


「あ、う、うん……」


 怖くなって少女は下を向いたが、ミラベッラは別に機嫌を損ねたわけじゃなかった。


「昔はよく夜外出てたんだよ」


 彼女は懐かしそうに、右手を空に向かって伸ばした。


「当時は二班も三班もなくて。14歳以下の子供たちと、その世話係は今の三班の拠点からちょっと離れたところにあったんだ。男子たちはバイクに乗って、うちらは歩いて。日向はカンカンに怒っていたけどね。彼女は元気?」


「うん、元気だよ」


「そっか。ほんとに……よく安保隊の訓練兵と和解できたね……明が殺されたのに……あのときどれだけ辛い思いをしたのか……私はいまだに仲間以外のペストが信じられないというのに……」


 ミラベッラは目を地面に向けた。ハシバミ色の目がさらに濃くなった。彼女は何を、その瞳に映しているのだろうか。


「私だってそんな感じだよ……私の故郷を壊したのはペストだから……」


「兄と両親も、ペストに殺されたんだっけ?」


 背の高い彼女は、キャサリンのほうを見る。


「……そうらしいけれど、確実ではないの。他の誰かが起こしたテロかもしれない」


「そうか。……まあ、この世にわからないままのことなんていっぱいあるさ。真莉も結局どうなったのかわからずじまいだしな。『神の僕』と本当に関わっているならたぶんペストが原因なんだろうけど、当時はなにもわからなかった。安保隊にやられたのか、一般人にやられたのか、ペストにやられたのか……そもそも生きているのか、死んでいるのか。アーベルは必死に彼女を探したけれど、結局薬局の近くにあった謎の焼死体しか見つからなかった」


「ちょ、ちょっとまって、焼死体?!」


 キャサリンは驚いて、目を見開いた。この情報は初めて聞いた。というより怜が「死体はでなかった」と言ってなかったか?


「ああ、そうだ。ゴミ箱に無惨に捨てられていたのを、警察が見つけたのさ。ヤコブが解剖のときにその遺伝子を調べたのだが、真莉のではなかった」


 つまり怜が言いたかったのは「真莉の」死体はでなかったということか。キャサリンは少しだけ安心したのか、小さなため息をついた。


「謎だらけだろ? ほんとに、どうにかしてほしいよ……」


 そこで二人は立ち止まった。同じ風の能力を持っている彼女たちは、すぐにどんなに小さな音でもすぐにキャッチする。


 敵はスタジオの中にいる!







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