第85話 南へ
「ロサンゼルス?」
キャサリンは日向の言った地名を繰り返した。
「ええ、今そこではペストによるテロが急増しているの。その多くが炎のペストによるもの。二班じゃあ水のペストはライアンくんしかいないから、増援が欲しいって頼んできたのよ」
「でも学校とかは……」
少女は心配になって、手を擦り合わせた。12月にも休んだのだ。またそんなことをしてしまうと……。
「大丈夫よ。キャサリンは優秀だし、それにどうせ今週は冬休みでしょ。まあ日数が足りなくなったら、私がまた言い訳を考えておくから。翔は別に慣れてるからもともと平気でしょ?」
適当にあしらわれた翔は少し寂しそうに見えたが、すぐに切り替えた。
「で、結局いつ出発するんだ?」
「来週の火曜日よ。だから準備しといてくださいな」
当日、いつも通りマダーがやってきて、二人を能力で別の場所に移動させた。
ぐにゃりと見慣れた部屋が歪んだ。曲がる景色の向こうに現れたのは、住んでいた場所とはあまり変わらないが、レイアウトが少し違う部屋だった。ソファが近くにあり、そこに金髪頭の青い目をもった少年が座っていたが、マダーが来たとき驚いて手に持っていた本を落としてしまっていた。
「マダーさま! 突然だなぁ」
「こんにちは、ライアン。お元気?」
「元気ですよ! 翔、おひさ」
ライアンは翔のほうを向いて、手をあげた。翔は低い声で「どうも」と返事をした。
「では私はもう行くわ」
マダーはまた小さな風を発生させ、その場から消えた。
「この子が三班の新しい子?」
ライアンはキャサリンのほうを向いた。
「そうだ」
「あ、キャサリン・メルカド・ウィルソンです。よろしくお願いします」
「俺はライアン・フォンテーヌ。翔の同期で、昔フランスに住んでたよ。よろしくね」
ニコニコしながら少年は返事をした。
「おいおい、ライアン!」
階段の手すりを滑りながら二階から降りてきたのは、癖のある黒髪をした青年。彼はライアンに愚痴を言った。
「どうしてもっと早くマダーが来たって言ってくれなかったのさ。挨拶ぐらいしたのに」
「すぐに移動しちゃったから、俺だってそこまでしゃべれなかったよ。それより援軍が来たんだから家案内したら」
「そうだな」
二班じゃ、年上の人より年下のほうがしっかりしているのかもしれない。この人は日向と違って、そこまで厳しそうではない。
「じゃ、まずは自己紹介かな。二班班長のファン・ヴァン・トアンだ」
「ファ……?」
難解な発音にキャサリンは思わず聞き返してしまった。
「発音が難しいのは承知しているから、ただ『トアン』でいいよ」
彼は苦笑いして、肩をすくめた。
「で、お嬢さんのお名前は?」
「あ、キャサリン・メルカド・ウィルソンです。イギリス人で、お父さんはスペイン人です」
「アクセントでイギリス人だとは予想がついてたぜ。よろしく!」
キャサリンに笑みを見せてから青年は翔のほうを向き、彼の背中をバシッと叩いた。
「翔―! 久しぶりじゃないかー!」
長い髪をした少年は背中を繰り返し叩かれて、うんざりした顔をした。
「元気だったか―? 俺は元気だぞおおおお」
「うるさい」
翔はトアンのテンションにすでに疲れ切っているようだ。
「相変わらず冷たいなぁ。ま、こういうのはいいとして、こちらのお嬢さんは二班を全然知らないだろうから、紹介してあげよう。ついてきて!」
明るくトアンは言った。キャサリンは慌てて彼の背中を追った。
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