第74話 羽化

 次の日、ゆっくり休んだキャサリンとオクサーナは夜に、飛行訓練を開始することにした。その時間帯を選んだのは、万が一軍人たちに見られないようにするためだ。ウラジオストクではあまり雪が積もっていない。だがもちろん寒さはひどく、港の水はカチコチに凍っている。


 キャサリンは数回転びそうになりながらも、オクサーナに連れられて遠いところにある広場へ行った。ヒューゴにイリーナの世話を任せるわけにはいけなかったので、イリーナも訓練についてきた。


 イリーナにホテルの売店で買った温かい紅茶の入った紙コップを渡したあと、オクサーナは氷の椅子を作りそこにイリーナを座らせた。そもそもイリーナも水の能力が覚醒しているため、寒さなんて本当は感じないはずではあるが。


「さあて、行きますか」


 オクサーナは上着を脱いだ。真っ白な背中が露わになる。キャサリンも慌ててその通りにした。それから自分の師匠をぱちぱちと瞬きをしながら見つめた。


「まあ、まずは空を飛ぶということがどのような感じなのかを感覚で理解してもらわないとだめなのよ」


 オクサーナは弟子の目線を感じて言った。


「理解する? どうやってですか?」


 尋ねてきた彼女に、オクサーナはふっと笑って手を差し伸べてきた。それと同時に背中が大きくなった。いや、翼が開いたのだ。羽は綺麗な白銀色で、形はカゲロウのようだった。


「おいで」


 言われた通り近づくと、オクサーナにぎゅっと抱きしめられた。


「行くよ」


 ささやかれた瞬間、二人の体は浮き上がった。


「え? うわあっ!」


 キャサリンは思わず叫んだ。


「落ち着いて、大丈夫だから。風を感じて」


 薄く目を開くと、かなりの上空に来ていた。雲を通して小さくなった町がちらほらと見える。風は冷たいが、とても気持ちよく感じる。


「すごい……!」


 空を飛ぶことがこんなに素敵だなんて! キャサリンは流れる空気を堪能した。オクサーナはキャサリンが楽しんでいるのを見て、満足気な笑みを浮かべた。

 そして次の瞬間。

 彼女はキャサリンの体から手を離した。


 _____は?


 なんで、と呟く暇もなく体はものすごいスピードで落ちていく。風が顔を叩き、腕は上へ向かってぐにゃりと曲がり、止まることなく雲を越え、だんだんと地面が近づいていく。


 嫌だ、嫌だ、怖い、怖い、怖い!!!!

 死にたくない!!





 ふと、脳裏にかすめたとある記憶。黒い長い髪に、海のように深い青い目をもった女性の顔。自分の母親だ。自分は彼女の膝に乗せられていた。母は低い声で、まだ赤ん坊である自分の頭を撫でながらなにかを歌っている。子守歌だろうか。






 突然、そこで意識がはっきりした。何をすればいいのかがわかった。背中が引っ張られるような感覚がした。そしてその部分が硬くなり、羽となった。バタバタと高速で動かすと、そのまま自分の体は空中で止まる。


「やった!」


 キャサリンは思いっきり空に向かって上昇した。まぶしい太陽がキャサリンを祝福しているように見えた。

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