第73話 スープと温もり
オクサーナはスーパーマーケットから買ってきただろうと思われる食糧を大量にもってきた。ホテルは長期滞在を見越してキッチン付きにしていたので、場所には特に問題がなかった。
オクサーナは慣れた様子で野菜を洗った後、すぱすぱと切っていく。ソーセージも適度な大きさに切って、もってきた鍋にバターを溶かした。フライパンにはオリーブオイルをひたし、そこにさっき細かくした玉ねぎとにんにくをいれた。おいしそうな匂いが部屋を満たした。じゃがいもとソーセージも炒めたあと、それらを鍋に、お湯とともに入れ弱火で10分煮詰める。最後にコンソメと小さく切ったトマト、砂糖を入れて混ぜ合わせた。
オクサーナは皿を持って、キャサリンとヒューゴのぶんのスープを入れた。パンを隣に置いて、ちょこんとスープの上にパセリを乗っければ完成だ。
「わぁ、美味しそう!」
湯気をたてている料理にキャサリンは歓喜した。ヒューゴもおずおずと椅子に座った。
「完成したわぁ。どうぞ、召し上がれ」
優しい笑顔でオクサーナは二人に言う。キャサリンは一口食べてみる。すると、スープの温もりが体全体に広がった。温かい。ジャガイモはほかほかしていて、たまねぎはいい塩梅に口に楽しい食感を加える。ソーセージとバターのだしは豊かなトマトの味を引き立て、パセリの素晴らしい匂いが鼻を刺激する。
「美味しい!!」
キャサリンは思わず叫んだ。実際ほっぺたが落っこちそうなくらい素敵な味だった。一方ヒューゴもスープに感激していて、一言も話さずに飲んでいた。
「喜んでもらえてよかったわぁ」
ふっとオクサーナは笑った。
「いやあ、ここまでうまいスープは初めてかもしれない」
早々に食べ終わってしまったヒューゴは大まじめに言った。
「久しぶりに体があったまった気分だ。ありがとう」
「いえいえー」
そこで懐かしい姉の料理の匂いが漂ってきたからか、イリーナが目を開いた。
「おね……えちゃん」
オクサーナはハッとして、彼女のところへ飛び込んだ。
「イリーナ! 起きたのね? 大丈夫? 体痛くない?」
「うん、なんかずっと……長い夢を見てた気がする……」
イリーナは自分の意思が封印された状態であっても、夢の中にいる状態のようにどこかふわふわとしていたが、何が起こっていたかは覚えていると語った。
「はぁ、記憶があってよかったわぁ。だってそのままだったら、いきなり5年後に飛んだってことになって絶対パニックになっちゃうもの。私も急に老けたことになっちゃうし」
「老ける」という滑稽な表現に、キャサリンは少し笑った。
いずれにしろ、イリーナが戻ってきた。万事解決というわけだ。
ただ、オクサーナにはイリーナに母親が死んだことを伝えなければならなく、それは辛いことだった。だが、それを言葉にして口から出したとき、イリーナは特に驚かなかった。
「そんなのわかってるよ。だってお姉ちゃん、ずっと一人で頑張っていたもん。お母さんがいたら、絶対そばにいてくれたから」
口調は単調だった。
「ごめんね」
思わず姉は謝った。妹は目を瞬かせた。
「なんで謝るの? お姉ちゃんのせいじゃないよ。ずっと私を守ってくれたでしょ。お姉ちゃんがいてくれて、本当によかった」
そこでイリーナは初めて笑った。オクサーナは涙ぐんで、妹を抱きしめた。
「あ、キャサリンちゃん」
いろいろ話し合った後、オクサーナは急にキャサリンに話を振った。
「そういえばいろいろ忙しくて、全然飛び方とか魔法とか教えていなかったわねぇ。申し訳ないわぁ」
「そんな、大丈夫ですよ!」
「そんなことないわぁ。といってもマダーのほうの状況が落ち着かないと帰れないから時間はたっぷりあるわねぇ。だから明日から訓練を始めましょう! まず飛ぶ方法を教えるわぁ」
「ありがとうございます!」
キャサリンは満面の笑みでお礼を言った。
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