第68話 現実か幻か

 一番最初のホテルへ入ったオクサーナは、受付の人にいくつか質問したが成果は得られなかったみたいで、すぐにそこを出た。


「最初のホテルに泊まってないことは予想していたわぁ。すぐ見つかっちゃうからね。お金もなさそうだから、きっと安いホテルに泊まっているんでしょうねぇ」


 オクサーナは持っていた携帯で、イルクーツク内の格安ホテルを探し、ひとつずつ見ることにした。しかし、その特別なペストは簡単に見つからない。結局、行き着いたのはイルクーツク中心部から2kmほど離れたミニホテルだった。

 下の階は赤レンガでできていて、道路に面したほうに黒い細長い看板がかかっている。そこには緑色のペンキでホテルを意味するロシア語の単語が書きなぐってある。


 中に入り、受付の人に何回も話した質問を尋ねると、どうやら該当者がいたらしい。オクサーナは緊張した表情で、キャサリンのほうを向いた。


「どうやらいるみたい。行きましょ、キャサリンちゃん」


 三人は三階まで登った。彼がいると思われる部屋番号を確認し、ドアをノックする。しかし、出てくる気配はない。

 オクサーナは鍵穴にピッタリはまる鍵を作り、ゆっくりと扉を開けた。


「キャサリンちゃんはここにいて。イリーナを頼むね」


 小声で彼女は言うと、足音を立てないように室内に入った。キャサリンはぎゅうっとイリーナの手をかたく握る。緊張で自分の心臓の音が廊下に響いているような気がした。


 後ろから足音が聞こえた。ぎくっとして後ろを振り向く。他の泊り客なのではないかとキャサリンは予想していた。しかし、それはまったくの予想外の人物であった。キャサリンはあまりの驚きに呼吸をすることも忘れ、大きな目をよりいっそう大きく開けながらその人を見つめていた。


 そこにいたのは自分の祖母だった。眼鏡をかけて、白髪の、いつもと同じセーターを着た自分の祖母だ。


 なんで……どうして……


 キャサリンは何か言おうと口をパクパクさせたが、声はでなかった。祖母はそんな自分の孫を不思議そうに見る。


「どうしたの、キャシーちゃん。どうしてそんなに驚いているの?」


 祖母はいつもの落ち着いた声でしゃべった。


「はやくこっちに来なさい。知らない人と一緒にいたら危ないでしょう?」


 キャサリンは急激に自分の感じていた違和感が薄れていくのを感じた。なぜ祖母はここにいるのか。なぜ彼女は何か月も行方不明になっていた自分を見てもなにも尋ねないのか。そんなことはどうでもよかった。とにかく彼女のもとへ駆け寄ろうとしたときだった。


 個室の中から取っ組み合いの音が聞こえた。いきなり扉がバンッと開き、オレンジ色の髪をした青年がものすごい勢いででてきた。彼に押されてキャサリンは転んだ。祖母はいつの間にか消えている。次の瞬間には個室からまるで怪物の腕のような形をした雪がでてきた。そのあとにオクサーナ。彼女は完全に怒っていた。


「あいつ……幻を見せてきやがった。キャサリン、行くよ! じゃないとあいつが逃げてしまう!」


 いつもは使わない汚い言葉を吐きながら、オクサーナは下に向かって走った。キャサリンも彼女についていった。

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