第65話 昔話をひとつまみ

「ごめんねぇ、そういえばすっかり説明するのを忘れていたわぁ」


 会話の最中、オクサーナは申し訳なさそうな表情をして言った。


「ちょっと怖かったでしょう?」


「いえ、別に怖いとかではなかったですよ。ただなんで妹さんがずっと反応しないのかなぁって……」


 キャサリンは寝ているイリーナのほうを向いた。


「そうね、まあ……これは病気というよりは呪いなのよ」


「呪い……ですか?」


「ええ、私と妹のイリーナが実際にペストになったのは私が13歳のとき。寒い冬のころだった。そのときに妹は呪いにかけられたの」



 オクサーナは南ロシアで、両親とともに住んでいた。父親は料理人で、母親は看護師だった。家は古ぼけたアパートで、おそらくソ連時代に建てられたものだった。

 彼女はそこでいたって普通な生活を送っていた。特別なこともなにもなかった。オクサーナの唯一の特技は料理を作ることであった。父親から習い、13歳だとは思えないほどの素晴らしい味の料理を作っていた。

 妹のイリーナは7歳で、ふわふわした姉と違いしっかり者だった。


 全てが変わったのは雪が降っていた2月。当時、オクサーナもイリーナもいつも通り家にいてテレビを見ていた。父親は仕事に行っていて、母親は非番だったので家で掃除をしていた。

 そこでオクサーナは異変に気が付いた。


「ママ、なんかガス臭くない?」


「え?」


 母親は少し嗅いでみて、確かに微かにガスの臭いがすることに気が付いた。嫌な予感がした。彼女は掃除機を放り投げて、娘たちに怒鳴った。


「オクサーナ、イリーナ、はやく外出て!」


「え、なんで?」


「いいからはや____


 間に合わなかった。原因は短絡か、それとも誰かが火をつけたのか。いずれにしろアパートは爆発し、一瞬で建物は粉々になった。


 オクサーナが次に意識を回復したのは瓦礫の中だった。頭の中でずっとキーンという音が鳴り響いている。動こうとしたが、石の山が邪魔をした。


「ママ? イリーナ?」


 オクサーナはなんとか呼びかけたが、静けさのみが返ってくる。彼女は急に怖くなった。なにがなんでもここから抜け出すことを決めた少女は、足と手を使って鉄骨や石を持ち上げようとした。

 もちろん、13歳の幼い女の子はそんなことはできないはずなのだが、そのときのオクサーナはすでに「普通」ではなかった。彼女を氷でできた冷たい腕たちが手伝ってくれた。オクサーナが無意識に作ったものだ。


 なんとか抜け出せたあと、オクサーナは他の瓦礫を押しのけながら家族の姿を探した。ふと小さな白い腕が見えた。


「イリーナ?!」


「ん……」


 名前を叫ぶと微かに反応がある。オクサーナはがむしゃらに妹の体を出した。傷はなかった。きれいだ。心臓もちゃんと動いている。よかった……。


 そこで救急隊たちがきた。


「大丈夫か!」


「怪我はないか?」


 隊員たちはすぐに二人の少女に駆け寄る。オクサーナたちはすぐに救急車に運ばれた。


「待って! ママは?」


「すぐ助ける。大丈夫だ」


 隊員はそう言い、バタンと車の扉を閉めた。



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