第60話 残された者

「……」


 紫涵ズーハンは日向の話を聞いて唖然とした。

 怜の生い立ちについても少し情報が得られたけれども、思っていたよりも何倍も辛い話であった。両親に、恋人に、子供に残された彼女はどんな気持ちで生きていたのであろうか。


「こんなことがあったから、私はペストも安保隊も信用できなかった……。あなたも確か両親がペストによる火事で亡くなっているのよね……。私と一緒ね」


 日向は慈しむような表情で、紫涵ズーハンの頭を撫でた。


「辛かったし、苦しかったでしょう?」


 母親のような手つきに紫涵ズーハン は涙が出そうになった。


「ありがとう……日向さん……」


「いいのよ。さ、もう帰ったほうがいいんじゃないかしら。もう夜遅いから」


「はい! メイソン、シャリー、行くよ」


 紫涵ズーハンは二人を引きずって、玄関まで行った。怜がお見送りに来てくれた。


「怜……。本当にありがとうね、怜と出会ってなければ、私……どうすればいいかわからなかった」


「お礼を言うならキャサリンだよ。あいつがお前を連れてきたんだろ。まあでも、またなにかあったら言えよ。俺がいつでも助けてやるからな」


「うん……」


 紫涵ズーハンは目を伏せて頬を赤く染めた。


「私、あなたと怜のこと応援するわ」


 一連の流れを後ろで見ていたリーナが紫涵ズーハンにささやいた。いつの間にか見抜かれていたのであろうか。訓練兵はますます顔が赤くなった。


「今度女子会でもしましょ」


 キャサリンもそう言って笑った。


「うん……ありがとう。じゃあ……またね」


「またな!!!」


 メイソンは元気に手を振った。ペストたちもそれに応えた。

 これでやっと全てがもとどおりになったと日向たちは思った。が、そこで社長からの電話が来て、二時間説教された。




 帰り道、三人はかたまって歩いた。


「ていうか本当にシャリーをそのまま返すつもりなのか、ズー」


「そうだよ、だってただの人間だよ? 殺せると思う?」


「なにさっきからこそこそしゃべってるの?」


 シャリーの不満げな声に、二人はびくっとした。


「なななな、なんでもないよ!」


「明日の昼食についてしゃべってただけ!」


 弁明する二人に、シャリーは首をかしげた。

 安保隊の門についたとき、紫涵ズーハンの予想通り、三人は呼び止められた。


「訓練兵がなに夜遅くまで外出してるんだ?」


「まだ七時でしょ」


「今日はペストによる変な事件が起きたばっかだぞ。気が緩んでるのか? 一人ひとり確認させてもらうぞ」


 受付の人は紫涵ズーハンとメイソンを確認し終わり、次にシャリーの顔をみたとき彼はかたまった。おばけでも見たかのような表情だ。


「おい……なんで……」


 紫涵ズーハンはさきほどシャリーにも説明した言い訳をもう一度彼に言った。


「しかし、なんで死んだっていう情報が広まったんですかね。おかしいですよね」


 彼女はしゃあしゃあと言ってのけた。


「そんなことはありえない……!」


 受付の人はぐいっとシャリーの腕を曲げた。


「痛い痛い痛い!!! 何をするんですか、離してください!」


 おそらく彼はシャリーの事情を知っていて、能力が出るか試したのだろう。だが、何も起こらない。力はマダーによって封印されたのだから。彼は驚愕した。


「なにやってるの、もう検査はいいでしょ。はやく行かせて」


「いや、だが……」


「そこまでにしといてやれ」


 陰から受付の人を止めたのは、別の安保隊員だった。鋭い目をしているが、いつも不気味な笑みを浮かべているゴーグルをかけた彼の名は……


「セシル・ブラウン……」


「『さん』くらいはつけてほしいよ。というのは置いといて、そこのお前。訓練兵をいじめるのはそこまでにしといてやれ」


「だが、しかし……」


「こいつらに別になんの問題もないだろ? なら大丈夫だ。早く寮へ戻りなさい、三人とも。明日もどうせ怠い訓練があるんだろ」


 セシルは受付の人を抑えて、三人を中に行かせた。


「……ありがとうございます」


「どういたしましてだ」


 紫涵ズーハンは小さな不信感を持ちながらもお礼を言うと、セシルはそのままにぃっと笑って返した。









 安保隊本部からそれほど遠くないとある場所で、ひとつの低い声が響いた。


「そういえば先日のニュースをご覧になりましたか? あれはこのが仕掛けたものです。たった一発でしたけれども、あれだけで一体何人安保隊どもが死んだのか。本番が楽しみですね、んふふふふふ。しかし、これでもあなたはわたくしを12神官にしようとしないのですね。……はは、わたくしの女癖のせいだとおっしゃるのですか? ひどいですねぇ」


 そのままそれは続けた。


「まあ、いずれはあなたにわたくしを認めさせるつもりですよ。なにしろ、わたくしには質のいい女ばかりではなく、頭のいい部下たちもいるのでねぇ。アメリカ中の安保隊の基地を壊滅状態に陥らせる。それが我々の目標なのです。ですから」


 闇の中で彼の笑みが浮かんだ。


「わたくしの活躍をぜひ見ておいてくださいね、熱月テルミドール








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