第58話 自己喪失

「な、なに言ってるの? ペストって……あ、頭おかしいんじゃないの?」


 震えながらそう言った日向だが、明はただ「冗談じゃないんだよ!」と叫んだ。


「信じられないなら見てみろ! 手を貸せ!」


 再び手を無理やり引っ張られ、日向はそれに抵抗した。だが、力が強くて、逃げることはできなかった。そのまま明は、火を彼女の手に吹いた。


「やめて!!!!嫌だ!!!!」


 日向は叫んで無意識に目をつぶったが、特に何も起こらなかった。熱さは感じない。ただ温かいだけだ。


「ほら、言っただろ! 君はもう人間じゃないんだ! じゃなきゃ火でなにも感じないわけないだろ! 行くぞ。さっさと隠れるところを見つけよう。じゃないと殺されてしまう」


「だ、誰に?」


「安保隊に決まってるだろ! まず服を探しに行こう」


 しかし、この焼け跡の中では特になにも見つからず、二人はかろうじて形を残していたビルの中で夜を過ごすことにした。

 すすり泣く日向に、明はやれやれといった顔をした。


「もう泣かないでよ。どうしようもならないんだから」


「だって……お母さんとお父さんが……なんで私生き残っちゃったんだろ……」


「……」


 青年も自分の家族を思ったのか、悲しい顔をした。だが、すぐに日向を元気づけようと明るい声で言った。


「まあ、でも俺がいるじゃん」


「あんただけでどうにかなるわけじゃないでしょ。私、あんたのこと名前以外何も知らないし」


「俺は知ってるよ、君のこと」


 え、と日向は顔を上げた。


「ラーメン屋のとこの娘さんでしょ。部活帰りによく行ってて、たまに見かけてたよ」


「お父さんのラーメン、美味しかった?」


「うん、また……食べたかったな……」


 彼は寂し気に言った。


「そういえば、名前聞いていなかった」


「あ、そうだね。私は紅井日向。18歳」


「へえ、偶然だね、俺も18だよ」


 にぃっと笑った明に、日向は少し回復した。風が少し吹いて、二人は身震いをした。


「ちょっと寒いな……」


 明はそう言って、そこらへんの木のかけらを集めた。日向もそれを手伝う。


「よし、いい感じだ」


「どうやって火をつけるの?」


「そりゃあ、自分の力を使うんだよ。教えてあげるよ」


 明は日向の手を自分の手で包み込んだ。


「炎の形をイメージをするんだ。案外簡単さ」


 日向は目を閉じて、ろうそくの炎を思い描いた。小さな音をたてて、親指くらいの大きさの火が手の平に生み出された。


「わあ……」


 日向は目を輝かせた。彼女の顔を見て、明は微笑む。

 そのあと、彼は同じく炎を生み出し、さっき集めてきた木の残骸にあてた。

 焚火ができた。


「お腹空いたね」


 日向が小さくささやき、明はそれに頷いた。だが、なにもできない。ペストになってしまったから。


 暇を持て余した二人は炎で遊び始めた。明は高温の青い火を生み出したり、丸い火の球をつくったりした。

 日向はいつか友達と一緒にやった花火を思い出しながら、手を開いた。


 バチバチバチッ


 様々な色に輝く火花ができた。明は驚嘆して、それを見つめた。


「すげえ!」


 少年のような彼の表情に日向は笑った。しかし、突然明は日向の手を閉じ、日向の口を覆い隠した。

 下から声が聞こえた。


「なんか聞こえたよな、まさか……ここにペストでもいるのか」


 明は息をひそめ、日向も指一本動かさないよう努めた。安保隊(だろうと思われる)の足音は近づいてくる。


 とても長い時間が過ぎたような気がした。実際には数十秒だったかもしれない。とにかく、そこで安保隊の一人は仲間に呼びかけられたのだ。


「おい、無駄なことはやめろ。そこにペストなんかがいるわけないだろう。はやく次の地域へ行くぞ」


「……へーい」


 足音はさっていった。

 やっと緊張が解けて、ペストの二人はほっとしたため息をついた。二人ともくっついていたが、離れる気にはならなかった。

 いつのまにか二人を眠気が襲い、気づいたら目が閉じていた。



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