第57話 その日を境に


 パパ、ママ、わたしもだいすきだよ





 う……頭痛い。喉も腰も痛い。ていうかなんで揺れてるんだろう。何が起きているんだろう。


 目を開けて一番最初に入ったものは、焦げた景色だった。それはずっと同じわけではなく、ひっきりなしに前へ前へと変わっていく。それから誰かの髪の毛。自分の腕は誰かの肩の前に垂れ下がっている。

 つまり、自分は誰かに背負われているのである。


 その事実に驚いた日向はまず、おぶっている主が誰なのかを確認しようと、顔をひねらせた。よく見えない。

 いきなり体を動かした彼女に、彼女を担いでいた人は気づいていったん彼女をおろした。


 正体は日向と同じくらいの年をした青年だった。髪は野球部を引退してから数か月たったくらいの長さ。ごく普通のどこにでもいそうな人だ。


「誰……ですか?!」


 間をおいてから、日向は尋ねた。


清原 明きよはら あきら


 まるで新学期で一緒のクラスになった人の自己紹介みたいな調子で彼は言った。


「でもそんなことどうでもいい。はやく行こう!」


 彼は強引に日向の手を引っ張ろうとした。


「ね、ちょっと待って! なんで行かなきゃいけないの? 何が起きたの? お父さんとお母さんは?」


「何も覚えていないのか?」


「え?」


「全部燃えたんだよ。周りを見てみろよ!」


 辺りはすべてが真っ黒に焦げている。あるところにはまだ小さな火が上がっていた。少し離れたところには炭のようになった体があった。それはゴム風船のごとく膨れていた。


 火。死体。


 竜巻、逃げる人々、公園、パパ、ママ。


 火。


「……お父さんとお母さんは?」


 日向はもう一度言った。青年は目を伏せた。


「火事の後の公園で君を見つけたんだ。生存者は……君以外いなかった……」


 日向はショックで息を呑んだ。ひゅっと乾いた音が鳴った。


 そんな……、そんな……!! どうして……



 じゃあどうして私は生き残ったの?



「俺は公園まで間に合わなくて、火に巻き込まれた。親父もお袋も死んだ。俺だけが生き残った。あちこち走り回ってやっと生存者を見つけた。といっても人工呼吸しなければ君だって死んでいたかもしれない……」


「なんで……」


 生き残れるはずがない。すべてを焼き尽くした炎だ。自分だって死ぬはずだったのでは? でも自分の肌にはすすはあるといえど、火傷ひとつない。服はボロボロなのに。


 一体これは……


「俺が生き残ったのはこれのせいだ」


 ボォッと音をたてて、青年の手のひらで火が生まれた。そのまま彼はそれを左手に移動させる。


「なに……これ」


 炎を操る存在、そんなことができるのは地球上にたったひとつの種族だけだ。


「まさか……」


「あの炎の中で生き残れた君もおそらく俺と同じ状態だろう。つまり、俺たちは世界から嫌われ殺されるような生物になってしまった。簡単に言うと


         ペストになった」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る