第54話 一か八か

 ペストたちが混乱の中隠れたのは、ニューヨークの地下であった。つまりマンホールの下である。

 日向が明る火の球を作り、全員を確認した。


「みんな怪我はない?」


 ペストたちは疲れた表情をしながらも頷いた。


「よかった……」


 日向は本当にほっとして、初めて笑みを見せた。少しの沈黙、そして彼女は急に愉快そうに笑い始めた。


「安保隊を皆で出し抜けたね、素晴らしい!」


 彼女は言った。他の子たちは困惑したが、日向は続けた。


「あいつら、私たちが何者かも何が目的かもわからないまま、きっとすごく混乱しているに違いないよ! あー面白かった。明を殺した分の復讐はこれでオッケーね」


 最後の言葉を言うときの声のトーンは一段暗くなったが、彼女は心から満足しているようだった。


「さ、行きましょ。安保隊がもしかしたらかぎつける可能性もあるからね」


 静かな空間を歩き続ける一行。そこでキャサリンが呟いた。


「顔を見られたかもしれない……」


 数秒の空白があった。


「さっきの安保隊の人?」


 リーナの問いにキャサリンは頷く。


「マスクに指を突っ込まれて外された。油断しちゃった……。ごめんなさい……」


 落ち込む彼女を仲間は慰める。


「まあ、まあ。大丈夫だよ。髪の毛はフードに隠れていたから、見られていないし、それにひとりだけキャサリンの顔を見ただけじゃあ、わからないじゃん?」


 怜は明るい声で言う。


「もし何か起こっても必ず守るわ、キャス。大丈夫よ」


「ありがとう、リーナ……。そういえば、あの人、私の顔を見たとき、すごいびっくりしていたの。なんでかな……」


「知り合いにでも似てたんじゃね?」


 疑問が解明されるはずもなく、七人はただただ帰路を急いだ。




「よかった。子供たちは無事逃げ切れたようね」


 マダーはパソコンの画面を見て安心し、まだ寝ているシャリーと向き合った。メイソンと紫涵ズーハンは心配そうに、彼女のそばに座っていた。


「ふむふむ、なるほど。この子は水の能力を持っているのね」


 マダーは哀れな安保隊員の手を握る。


「ちゃんと向こうは食べさせてくれたのかしら、心配だわ。アリシア、一応スープでも作ってくれないかしら」


「もちろんです!」


 赤毛の少女は台所へ駆け込んだ。


「さあ、能力を消せるかどうか確認しなきゃね。能力の強さは生まれつきで決まるから、どっちの展開になろうともなにも言えないわ」


 ズーハンとメイソンはその言葉に不安そうな顔をした。マダーはもう一度シャリーの手を握って、能力を発動した。目の色が白から真珠貝の裏のような淡い虹色になる。

 血管に沿って、シャリーの体に白い線がたくさん浮きでる。マダーはそれから少女の額に触れ、一分ほどそのままの態勢でいた。

 

 その時間が過ぎた後、白い線はみるみるうちに消え、シャリーの体は元通りとなった。

 マダーはふぅと息抜きをし、そこで紫涵ズーハンとメイソンの緊張は最高潮となった。


「消せたわ」


 マダーはいたってシンプルな言葉を発した。


「本当?!」


「ええ、本当よ」


 紫涵ズーハンとメイソンは顔を輝かせて、泣いて喜んだ。


「ありがとう、マダーさん! 本当にありがとう!」


「いえいえ、妖精たちを救うのが私の仕事なんだから。ではアリシア、私はもう出かけるわ。世界にはまだ困っている妖精たちがたくさんいるんだから」


「はい、いってらっしゃいませ、マダー様」


 アリシア、紫涵ズーハン、そしてメイソンはマダーを見送った。不思議なペストはすぐに瞬間移動で隠れ家から消えた。





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