第53話 逃げるが勝ち

 あの地震を起こしたのは、実はリーナだった。これは作戦のひとつで、メイソンがシャリーを簡単に連れ出すことができるように、隊員たちをできるだけ引き付けるという役割がペストたちには与えられたのである。

 本部の上空を飛べば、すぐに安保隊たちがその姿に気が付き、エアーバイクで追いかけ始めた。

 しかし、本部から多くの隊員たちをおびきよせるには、まだペストの数が足りない。キャサリンはまだ飛べないので影で待機することにしたが、他のペストたちは絶対に正体がバレないように気をつけながら空を飛びまわった。


「何が目的なんだ?」


 エアーバイクに乗っていた安保隊員のひとりはぼそりとつぶやいた。普段ペストというのはなにか攻撃する、テロを起こす、もしくはただ安保隊に見つかり逃げ回っているときに飛ぶことが多く、今回のようにいきなり現れて特に大きいことはなにもしないという事態は珍しいのだ。


「……きっとあいつら、俺たちと遊んでいやがるんだ」


 別の一人は言った。まるで煽るように安保隊本部の建物を揺らし、そのくせ隊員たちに一切攻撃しない彼らに舌打ちをする。


 キャサリンたちが今回やることは怪我させない程度に、安保隊たちを脅すこと。常時人がたくさん歩いているニューヨークなので、安保隊たちは簡単にこちらを撃つことはできない。圧倒的にペスト側のほうが有利である。民衆といえば、空を飛ぶペストの姿をスマホで撮影している。


「メイソンから連絡があったよ。もうシャリーは無事に隠れ家にいるんですって」


 日向の報告を聞いたペストたちは、一斉に同じ方角へ向かって飛び始めた。リーナはかなり遠いところにいたが、その距離は自身の風の力ですぐに縮めることができる。


「キャサリンちゃん、準備しといてね」


 日向は少女に無線でそう伝える。キャサリンはうなずき、ごくりと唾を飲んだ。ペストたちが全員ある地点を越えたとこで、キャサリンは突然隠れていたビルの屋上の陰から出てきて叫んだ。


 この技は自分の最近覚醒した風の能力と、水の能力を合わせたもの……。翔との訓練でできた新技だけれども、実戦で使うのは初めてだ。


「水風・雪嵐Winter storm!!」


 キャサリンが手を出した向こうに、いきなり真っ白な竜巻が現れた。ただ風が強いだけじゃない。冷たく、痛いのだ。

 安保隊員たちはエアーバイクを安定させるのに必死になり乱れてしまった。しかし、それこそが目的だった。

 次の瞬間にはクリシュナが闇の能力を使い、街半分ぶんの空を真っ黒な靄で覆った。これでもう追跡することはできない。


 だが、その考えは少し甘かったかもしれなかった。キャサリンがペストたちに続いて行こうとしたとき、後ろから足音が響いてきたのである。

 振り向いたら、走ってきたのは安保隊の男であった。


 いきなり撃ってきたので、キャサリンは一瞬うろたえたが、すぐに持ち直して銃を能力で凍らせた。しかし、男は執念深く、まだ追いかけてくる。

 逃げきれないと感じたキャサリンは、彼を迎えうつことにした。能力はあまり使えない。うっかり凍死させたらまずい。


 まず、ペスト化したことで強化された運動神経を使い、銃を蹴とばす。それからは、殴り合いである。

 翔を救おうとリングで戦っていたときはまだ弱くてなにもできなかったが、今は違う。キャサリンは男の攻撃をガードし、何発か食らわせてやった。


 倒すことは諦めたのか、突然男は攻撃の仕方を変えてきた。キャサリンの顔半分を覆っていたマスクを外してきたのである。一瞬だけ顔全体が露わになった。

 しまった……! 少女は慌てて顔を隠し相手と向き合うが、相手はひどく不思議な表情をしていた。


 驚きと恐怖が入り混じった表情。まるで幽霊を見た感じであった。キャサリンは不信に思ったが、そこでリーナが迎えに来てくれた。彼女はキャサリンを抱きかかえると、すぐに靄の中へ突っ込んでいった。

 男は一人取り残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る