第51話 裏話
生まれたときから、両親はずっと働いていた。家には休日の間にしか帰ってこない。といっても、疲れているのかずっと寝てばかりだった。自分はひとりで、広い家の中を雇われてたまに来ていた家政婦とともにすごしていた。
小学校の授業も成績が振るわず、やる気がでることもなく、ただ持ち前の並外れた運動神経のみが少しの間だけ彼を輝かせていた。だが、相変わらず彼はひとりぼっちであった。
料理は彼を救うものだった。
チェーン店のハンバーガー、デリバリーでくる中華料理やピザ。その日の夕食を一人で食べようが、誰かと食べようが、味は裏切らない。メイソンはそのときから、辛いときはとりあえず食べるようになった。
あるとき、彼の父親は突然安保隊を引退した。理由を聞くなどということを少年はしなかった。ただ、父親はそのときから飲み始めた。ずっと片手に酒の瓶を持ち、机につっぷしていた。
母親は彼に怒鳴ったり、諭したり、なんとか酒をやめさせようとしたが、それは全くの無駄だった。彼はただごにょごにょと「俺は救えなかった」といったよくわからないことを言うだけだった。
小学校を卒業するとき、メイソンは12歳だった。そのとき、母親は軽く、夕食時になにを食べたいかを聞くような調子でこう言った。
「メイス、あんた訓練兵になるよね?」
「え?」
確かに12歳から訓練兵として安全保障隊になれるが。
「安保隊の訓練兵よ。安保隊になれば給料はかなりもらえるし、あんたどうせ運動しかできないんだからぴったりでしょ?」
メイソンは戸惑ったが、逆らう気は起きなかった。自分には運動能力以外なにもないというのは事実だ。それに安保隊になれば、父親が回復するのではないかという小さな希望を、そのころの彼は持っていたのだ。
「うん……」
曖昧な答えをしたのち、そのままメイソンは訓練兵となった。安保隊の数人はメイソンの明るい赤毛を見て、すぐに安保隊第三班の女性隊員の息子であることを発見した。
「父親は第二班だっけ?」
「はい」
「あいつは気の毒だったなぁ……。戦友が死んだんだ。しかもただ死んだんじゃねえ。ペストになっちまったんだ。ペストになっちまったら、能力が暴走するまえにもう死ぬことしかできない。友人はおとなしく殺されに行ったよ。それでお前の父親の精神がやられたんだよ」
「ペストになる……? そんなことありえるんすか?」
「あ……そういえばこれあんま話しちゃいけない情報だったわ。内緒にしてくれよ、パーカーのせがれ」
安保隊員は行ってしまい、メイソンは一人残された。
なるほど、そりゃあ自分が安保隊になったからといって父親が回復するわけない。だって安保隊によって精神が壊れたのだから。
じゃあ、自分がここにいる意味は? ますます少年は自分が何をしたいのかわけわからなくなった。
14歳になると、訓練兵たちはチームを組んで活動するようになる。そこでメイソンは、
孤独だった彼に初めてできた仲間だった。最初こそ小さなトラブルや喧嘩などがあったものの、次第に彼らは親しくなり、メイソンにとっての唯一の居場所となった。
そこで起きた仲間の死。それはグサリとメイソンの胸に突き刺さった。そして、
もちろんペストは危険だ。彼らの存在は抹消せねばならない。だが、父親の精神を壊した仲間殺しが正しいとは思えないのだ。
少年の話を
親が安保隊であるからこそのプレッシャーや悲しみ。当事者にしかそれはわからない。
「だから規律を破ってまでお前に賛同したのさ、ズー。これは復讐みたいなもんだ……。俺が安保隊から除隊されようともどうでもいいしな。逆に言えばそのリスクがあるから、ドロテオは誘わなかった。あいつは一家の大黒柱だからな」
メイソンはそう言い、次に
「しかし、お前、安保隊がペスト化することをどこで知ったんだ? あれ正式な安保隊員しか知らない情報だぞ」
「え、ああ、入隊したときに、四班の人が教えてくれたよ。名前なんだっけ……たしかセシル・ブラウンとかなんとか」
「ブラウンって……。あの人変だから、うちのお袋があんま近づくなって言ってたぞ」
「え、マジで?」
「ああ、なんかあんまよくない噂があるらしいんだ」
会話は続いた。ヴィリアミは昼の時間を使い、風呂に入ってすっきりしてきた。髪を乾かすのは面倒くさいので、そのままにしていた。めずらしく額が露わになっていたが、通りかかったキャサリンがあることに気づいた。
「ヴィル、その傷……」
額の右側のほうに5㎝程度の傷跡があったのだ。
「ああ、これ? 生まれつきだ。ペストになる前からあったから、再生することはないのさ」
「ふーん」
いつも前髪で隠れているせいなのか、ヴィルは特に気にする様子がなかった。
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