第50話 簡単すぎた説得

「は?」


 メイソンはわけがわからないというふうに顔をしかめた。


「あんたは感じないの?」


 紫涵ズーハンは続ける。


「シャリーの葬式の情報はない。遺体はどこにあるのかもよくわからない。普通なら解剖もするはずなのに、死因はいつまでたっても言われない」


「まだ二日しかたってないし、それには早いんじゃないか?」


「じゃあなんで頼んでも顔くらい見せてくれないの?」


「……見せられないくらいひどい状態なんじゃないか?」


「それはありえない!」


 少女の声は、ホール全体に響いた。しかし、すぐに冷静になって紫涵ズーハンは声を小さくした。


「シャリーの親に会ったんでしょ? 彼らにちゃんと情報伝わってた?」


「遺体解剖してるとは言われたらしい。二人目の子供を失って半分ヒステリックだったし、それどころじゃなさそうだったよ」


「……」


 紫涵ズーハンは彼らを思って、心を痛めた。


「ねえ、メイス。私さ、爆発のあとに本部に行ったでしょ? そこでシャリーを見たんだよ」


 メイソンはそれを聞き、複雑な表情をした。


「マジかよ……。で、どうだったんだ……?」


「綺麗だったよ……目立った外傷は何もなかった。私は脈も確認したけど、正常に……健康な人間と同じように、動いていたんだよ」


「じゃあ、なんでシャリーは死んだって言われたんだ。お前の幻覚なんじゃないのか?」


「私が幻覚を見るような人間だと思ってるの?! 私の考えはこうなの」


 紫涵ズーハンは声を低くして、今までにないくらい真剣な表情でメイソンにささやいた。


「安保隊がペストになる現象って聞いたことある?」


 彼はその言葉に、またいろいろ混じったような顔をした。


「シャリーにそれが起こったと思うの。これならすべて辻褄があうでしょ?」


「……つまり、シャリーは今地下室にいて、殺されるのを待っているってことなのか?」


「……そう、なんだよ。……ねえ、メイソン、仲間がペストになったからって殺してもいいと思う?」


「……、……いや」






「というわけで、メイソンくんも新たに仲間になりましたー……」


 苦い笑みで顔を引きつらせながら、紫涵ズーハンはペストたちに彼を紹介した。


「あなたたちのことは政府に特別に許可されたペストってことにしてるから……」


 紫涵ズーハンはこそっと自分の仲間に聞こえないように言葉をつけ足す。


「そんなバカみたいな言い訳で騙せるのかよ」


 ヴィルは顔をしかめて小さな声で返した。


「あいつ思ったより数倍バカだから大丈夫だよ」


「……」


「てか、政府に許可されたペストっていたんだなー」


 メイソンはのほほんとしている。


「まあ、以前は兵士として雇われていたらしいしな。まあ、俺は親に無理やり安保隊にさせられたもんだし、ペストに誰も殺されてないから全然平気だぜ」


 その発言にペストたちは苦笑いを浮かべた。


「まあ、メイソンは親が安保隊なこともあって、組織に関してはとても詳しいから絶対力になるよ」


「で、結局処刑経路についてはどうなの」


 メイソンは警戒することもなく、「親から聞かせてもらった」という安保隊本部の構造を図を用いりながら説明した。


「どう? 理解できた?」


 メイソンは疲れ果てた顔で、真剣に聞いていた翔、ヴィル、クリシュナを見た。


「てかもう昼じゃん、腹減ったんだけど」


「中華好きなら、うちのラーメン食べる?」


「ラーメン!」


 メイソンはそのまま日向にちょこちょことついていく。その姿は親ガモと子ガモのようだった。


「日本人が作ったラーメンだから本家の中国のとは味が違うかもしれないけど、ごめんなさいね」


「いえいえ、全然!」


 日向が用意してくれたラーメンに対し、紫涵ズーハンは首を振る。そもそもアメリカの超まずいラーメンよりずっとマシだし、ちゃんとリスペクトがあって彼女は嬉しく思った。


「協力してくれてありがとう、メイソン。安保隊の規則に反するの結構……罪悪感あったんじゃない?」


「別に」


 ラーメンを音なしで食べながら、少年はなんでもないように答えた。


「政府に認められたペストなんだし大丈夫でしょ。それに、俺、親も安保隊もあんま好きじゃないんだよね」


 一緒に座っていた紫涵ズーハンと日向は少しびっくりして彼を見つめた。メイソンの表情は少し寂しそうだった。



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