第48話 葛藤

「あら、お友達?」


 日向は紫涵ズーハンを見てにこやかにほほ笑んだが、皆が深刻な顔で立っているのを見て困惑した。


「どうしたの、皆。何が起こっているの?」


「その……日向さん……」


 彼女を連れてきたキャサリンが、自分が何をしたのかを説明した。

日向はそれを理解するのに数秒かかったが、すぐに近くにいた彼女と怜の腕をひっぱり、紫涵ズーハンから離した。


「何しに来たの、あなた!」


 日向はパニックになっていた。恐怖と困惑が入り混じった表情をした紫涵ズーハンの後ろに、清原明の写真が見えた。


「ち、違います! 私はあなたたちを殺しに来たんじゃないんです! 助けてほしいんです! 友達がペストに……」


「なんで私たちが安保隊を助けなきゃいけないのよ!」 


 日向は彼女の声を遮り、叫んだ。


「一体何人が殺されたと思ってるの? あなたたちの武器で手で……。この子の母親は撃たれたのよ。この子の目の前で。父親がすぐにこの子たちを連れていかなかったら、全員死んでいたかもしれないのよ! 親が亡くなってからは、あきらが、私たちの仲間の一人が、自分を『父』と呼べって言って、この子たちを育ててきたの。でもあの人は撃たれた。安保隊に……」


「日向、もういい。もう説明してあるんだ」


 怜は日向を止めようと言葉をかけたが、それは無駄だった。日向のあのときできた心の傷は、一生治ることはないのだ。


「私たちの居場所を知らせるのでしょう? 自分の仲間に……。私たちは全員死んでしまうの?」


「おい、日向!」


 日向は暴走していた。彼女の目の前に映っているのは、きっと明の死に顔だ。


「たくさんの兵が来て、私たちを、あの子もこの子も殺すのでしょう?」


 日向の問いに少女は応えることができなかった。「違う」と言いたかったが、言えなかった。日向の怖がる気持ちがわかった。自分もペストに対して同じだったからだ。

 たった一言だけ彼女の口からもれた言葉は「ごめんなさい」という謝罪だった。


「ごめんなさい……」


 小さく彼女はもう一度言った。真っ黒な目はふるふると揺れていた。

 日向は予想とは違う彼女の反応に少し目を見開いた。現実に引き戻された彼女は、ふらふらと椅子に座りこんで深呼吸をした。


「はぁ……ごめんね、思わずキレちゃった。冷静に考えていれば、私たちの家を見つけていた時点で、すぐに安全保障隊に報告して今頃ハチの巣になっていたはずよね。そもそもあなたは明を殺した犯人でもない。責めるのは間違いだった」


 日向は気を取り直して、まっすぐ紫涵ズーハンを見つめた。彼女の切り替えの早さ。それはマダーに連れていかれたときも、明が亡くなった時にも発揮された。だからこそ彼女が班長なのだ。


「あなた、名前は?」


「あ、ス、朱紫涵スー・ズーハンです」


「中国から来たのかしら? あら、そうなのね。それで紫涵ズーハンちゃん。あなたはなぜここに来たの?」


「……私の友達を、助けてほしいんです」


 紫涵ズーハンは何が起こったかをすべて説明した。


「なるほどねぇ。しかし、安保隊は冷酷ね。同じ仲間であるはずなのに、ペストになった瞬間殺すなんて。みんなは? これのことについてどう思う?」


 周りの人たちはざわざわと話し合いを始めた。紫涵ズーハンは不安そうにぎゅっと手を握りしめた。 


「俺は助けたい」


 怜が最初に言った。


紫涵ズーハンは俺の友達だ。見捨てるわけにはいかない」


 紫涵ズーハンは友達と言われて嬉しかったが、そこにはほんの少しネガティブな気持ちも混ざっていた。


「私も助けたい!」


 キャサリンが言った。小さな安保隊の少女は、どこか昔の自分と姿が重なっていた。


「怜が行くなら俺も行く」


 翔がぼそっと呟いた。


「私はなんでもいいよ。でも安全保障隊と戦うのってちょっと楽しそう」


 戦闘狂か……とリーナのことを呆れてちらっと見たあと、ヴィリアミはクリシュナのほうに顔を向けた。ヴィルは安保隊に直接なにかされたわけでもない。クリシュナもそうだった。だが、彼らはまだ警戒していた。もしこれが罠だったら……? もしそれが失敗して安保隊に追われる身となってしまったら? 紫涵ズーハンは彼らの気持ちに気がついて慌てて言った。


「も、もちろん、皆さんが無理やり行く必要はないです。安保隊に対して戦争をしかけるのはとても無謀ですし、危険を伴うものです」


「行かないって言ったら、どうするつもりなんだ?」


 ヴィルの問いに、紫涵ズーハンは少し考えた。


「一人で、戦うと思う。自分で突っ込んで、シャリーを助ける」


無理だってことはわかっているけど、と彼女は最後につけ足す。


「……まあ、せっかくの理解者をここでみすみす死なすのは惜しいと思うな。おそらく安保隊のペストの理解者は初めてなんじゃない? やってみようよ、ヴィル」


 クリシュナの言葉に緑眼の少年はため息をついて、「しょうがないな……」とつぶやいた。


「みんなはやる気なのね。わかったわ。信じてみましょう」


 日向は仕方がないというように首を振って言った。


「ありがとうございます」


 紫涵ズーハンはお礼を言った。涙が出そうだった。


「まあ、まずは作戦会議なんじゃないか? どうすればいいのか」


紫涵ズーハン、安保隊のペストの牢獄がどこにあって、どのようにして処刑場に移動するか知ってる?」


「地下にあることは知っていますが、移動方法はわからないです……」


「案外ネットに情報が載っているいるから調べてみよう。他の不明点は直接隊員に聞いて。作戦はそこからだね」


 クリシュナは素早く言った。


「ねぇ、ケイ……」


紫涵ズーハンは怜を小さな声で呼んだ。


「ん、なんだ?」


「名前……良ければ本当の名前を教えてほしいの」


「ああ、そういえば言ってなかった。俺の名前は怜、篠崎しのざきれいだよ。あらためてよろしくね!」


「うん……!」


怜の明るい笑顔は、紫涵ズーハンの暗い気持ちを照らす希望となっていた。

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