第47話 混乱

 紫涵ズーハンの発言を聞いて、キャサリンはとりあえずほっとした。銃に慌ててしまい、自分の能力を見せてしまったのだ。もし本人が敵であったら、最悪、口封じのために殺さなければならなくなっただろう。紫涵ズーハンは彼女のピストルをキャサリンに渡し、持つように言った。

 二人は黙って歩いた。本当に信用してもいいのだろうかと正直キャサリンは思ったが、「訓練兵」が自分の能力を見せつけても暴走しなかったということは、やはりその話が本当であるような気がした。


「なんであんたの仲間はペストになったの?」


 少女は尋ねる。


「爆発事故が起こった。私の友達はそれに巻き込まれてペストになった」


「爆発事故……」


 ペスト関連なのだろうか。

 自分たちの家、「隠れ家」にどんどん近づいてくる。やめるならここだ。彼女に居場所を知られてしまえば、もう元には戻れない。だが……。キャサリンは彼女の瞳を見つめた。そこには不安が映っていた。

 信じてみよう。彼女はそう決心し、「隠れ家」の扉の前に立つ。


「こんな普通な場所に住んでいるの?」


 紫涵ズーハンは驚いて、思わず口にした。


「まあね」


 キャサリンはあいまいな返答をし、扉を開けた。


 見た目は本当にごく普通の家だ。玄関に靴がたくさんあることくらいが違うところだろうか。


「あら、キャサリンおかえr……」


 アリシアが笑顔で迎えようとしたが、そこで彼女の連れを見て黙った。隠れ家において絶対に守らなければならないルールの一つ。

「部外者を連れてきてはならない」

 それをキャサリンは破ったわけである。キャサリンはなにも言わないまま、紫涵ズーハンを家にあがらせた。


「お邪魔します……」


 安保隊訓練兵は小さくあいさつし、リビングへ歩いていった。リビングのテーブルでは翔と怜が座っていてチェスをやっていた。二人はキャサリンが連れてきた他人に気づき、目を見開いた。


紫涵ズーハン……?」


 怜が驚いて名をつぶやくと、紫涵ズーハンは微笑み、手を握りあわせながら「ケイ……」と返した。


「おいおい、ちょっとまて。これはどういうことだ」


 翔は厳しい表情で怜と紫涵ズーハン、そしてキャサリンを交互に見た。騒ぎを聞きつけて、リーナたちも降りてきた。


「キャサリン、この子は……?」


朱紫涵スー・ズーハン。安全保障隊訓練兵の子。前あった火事で俺たちが助けた子だ」


 キャサリンが答える前に、怜が言った。安保隊という言葉に全員が警戒した。紫涵ズーハンはまじめな表情で口を開いた。


「私は安保隊に所属していますが、あなたたちを殺す気は一ミリもありません。本当です。私のピストルはキャサリンさんに預かってもらっています。もし私が殺す素振りをみせたら、私をこの場で燃やしたり氷漬けにしてもかまいません」


 彼女の言葉に周りは唖然とした。


「私はケイ……つまりこの人に会って、認識を変えました。以前はペストは全員極悪人かと思っていました。……でもケイは違った。私と同じく両親をペストによって亡くした、ほかの人間とまったく変わらない人です。おそらくそんなペストはたくさんいるのでしょう……。私は間違った偏見をあなた方に抱いていました。今日、私がここに来たのはペストになってしまった私の安保隊の仲間を助けてほしいからです。このままだと彼女は殺されてしまう。でもシャリーはなんの罪も犯していない! ペストだからって殺されるなんておかしい! こんなのは異常だってやっと気づいた! ……あなたたちならなにかできると思って、私はここに来ました」


 紫涵ズーハンは顔を悲しみと不安にゆがませた。


「お願いします、助けてください!」


 ペストたちはおろおろとお互いの顔を見合わせた。一方翔はただ怜の頭を撫でただけだった。


「優しいんだな、怜……。両方ペストに殺されたといったのか、傷つけないために」


「えっ」


 怜はただうつむいた。


「確かに俺たちの父親は我々をさらおうとしたペストにやられた。だが、母親は違う。暴走した安全保障隊に殺されたのだ。しかも日本の兵じゃない。日本はペストに比較的寛容な国であったからな。殺したのはアメリカから支援するために来た兵士だ」


 紫涵ズーハンは目を見開いた。そこで扉が開いた音がした。


「ただいまー。あら、何が起こっているのかしら?」


 日向がラーメン屋から帰ってきた。



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