安保隊事件

第43話 事件

「よし、紫涵ズーハン。お前の番だ!」


 安全保障隊訓練兵の最上位チーム、紫涵ズーハンの班が模擬戦闘訓練をやっていた。メイソンから敵にとどめを刺す役割を班リーダーにパスする。紫涵ズーハンはうなずき、そのまま銃を敵のモデルに定めた。しかし、引き金を引こうとしたとき、ふと脳裏に浮かぶのはあのペストの少年、ケイの顔。はっとした彼女は最終的に弾を放てたものの、ワンテンポ遅れたに加え、それは致命傷をあたえる頭をそれ、肩にあたった。

 班全員はいったんエアーバイクから降り、休憩する。荒い息を整えてから、メイソンは紫涵ズーハンに声をかけた。


「また命中できなかったな、班長。どうしたんだ、最近。お前なんか変だぞ」


「そうね、私も心配だわ。なんかここ数週間ずっと暗い顔をしているもの」


「班長になったストレスかい?」


 班員たちはそれぞれの言葉で彼らのリーダーを心配した。


「ごめん、皆……。なんでもないよ。たぶん疲れてるだけ……」


 もごもごと少女は言い訳を言った。


「なにか悩みがあるのなら、私に言ってよ? 溜めちゃダメだからね?」


「ありがとう、シャリー……」


 もちろん、彼女は何も言えない。ペストに情を抱いてしまったなど。彼らと話し、見逃したことを。安保隊にとってその行動はただの裏切りである。

 訓練後、紫涵ズーハンは寮の自分の部屋に戻る。


「はぁ……」


 ため息が出る。今日で何回目のものだろうか。


『ペストより俺にとってはお前ら安保隊のほうがテロリストのように見える。何十万人の罪のないペストたちを殺しやがって……』


 脳裏にあのペストの少年の言葉が響く。結局、自分は彼がどこにすんでいるのかもわからないし、名前もわからない。でも出会ったのは確か。そして、彼はずっと自分の心にいる。

 ずっともやもやしている紫涵ズーハンの姿をシャリーは見つめていた。



「おはよう、メイス、ドロ」


 次の日の朝、隊服を着終わった紫涵ズーハンはメイソンとドロテオにあいさつした。


「おはよう、ズー。シャリーは?」


「なんか少し遅れてくるって言ってた。本部の先輩に会うんだって」


「そんな簡単に会えるもんなの?」


「さあ」


 談笑していたそのとき、急激な揺れが建物を襲った。三人の少年少女は身体を支えきれずにそのまま倒れる。


「……っ! 何今の!」


 警報がなりはじめ、あたりが赤く点滅し始めた。アナウンスが周りに情報を伝える。


「一号館、本部で爆発事故がありました。繰り返します。一号館、本部で爆発事故がありました。他号館にいる隊員はただち指定された場所に集合し、訓練兵はすぐに避難してください」


「本部……ってまさか!」


 紫涵ズーハンはすぐに本部に向かって走り出した。


「おい!」


 メイソンが彼女を止めようとしたが、それは無駄だった。シャリーが今本部にいるということは……その爆発に巻き込まれた可能性が高いということだ。彼女は最悪を想定して、その場所まで走った。途中、安保隊の隊員が同じく無謀な彼女の計画を阻止しようとしたが、走るスピードが速すぎて無理だった。


 階段を駆け上ると、さまざまなものが焼けた嫌な臭いがした。それは両親の命を奪った火事の臭いと同じだったので、紫涵ズーハンの身体は強張った。


 訓練兵は一番大きな部屋の扉を見つけ、そこをなんとか開けて中に飛び込んだ。中にかなりの数の人倒れていた。一号館は隊員に情報提供をする者たちが普段いる。航空機のパイロットに無線でさまざまな指示を出す航空管制官と同じような役割をもっている安保隊の心髄。しかし、今は無残な状況となっていた。火も少し上がっている。


「一体救急隊員たちはなにをやっているの!」


 彼女は愚痴を吐き出し、ついに倒れているシャリーの姿を見つけた。


「シャリー!」


 彼女は親友の脈を確認した。脈は安定していた。一つ変なことといえば、彼女の手が異様に冷たいことだった。しかし、紫涵ズーハンにとってはそんなことはどうでもよかった。


「生きてる! シャリー! シャーロット! 返事して!」


 紫涵ズーハンは叫んだが、やはりシャリーは気を失っている状態だった。


「おい、そこでなにをやってるんだ!」


 そのとき、やっと救急隊員たちがやってきて、シャリー、その他の怪我人を運び出した。


「お前はさっさと避難しろ!」


 大人たちは紫涵ズーハンに命令した。彼女はそれに従い、歩き出した。しかし、床を歩いたとき、変な音を耳にした。


「パリッ」


 違和感を感じた訓練兵は下を見た。床にはカーペットがしいてあったが、そこに霜柱ができていた。


(……?)


 紫涵ズーハンは困惑した。爆発事故があった現場だ。気温は高いし、今は11月とはいえどもまだ上旬だし、最低気温は7度。霜柱がいきなり発生するなどありえない。


(変だな……)


 霜柱はまるで何かに沿うようにカーペットの上にできていた。その曲線を見て、紫涵ズーハンは気が付いた。この場所はちょうどシャリーが倒れていたところだ。紫涵ズーハンの背中に悪寒が走った。とてつもなく嫌な予感がする。


(ま、まさか……)


 こんなことをできるのはペストのみ、だ。

 安全保障隊の人間がいきなりペスト化する現象を確かに聞いたことはあった。しかし、それが起こるのはひどく稀……。それがまさか自分の親友に起こるなんて……

 安保隊がそれをシャリーがペストだとわかってしまったら、どうなるだろう。もちろん、安保隊がやることはたったひとつだ。「殺処分」。シャリーは自身の仲間に殺されてしまうのだ。


(いや、気のせい。絶対に気のせいよ。そんなはずはない。ないから)


 紫涵ズーハンは自分に言い聞かせるようにして、現場を後にした。


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