番外編
第42話 キャサリンとアリシア
この話はキャサリンが就職したばかりのころのお話である。
「さて、キャサリン。改めて就職おめでとう! 昨日も言ったと思うけど、私はアリシア・リード。これから魔法の扱い方について教えていくよ。よろしくね」
キャサリンが日向たちの家、「隠れ家」についた次の日、他の皆が学校や仕事に行ったあと、アリシアはキャサリンをリビングのソファに座らせて授業を開始した。ペストが人間社会で生きていくのに一番大切なのは、能力をコントロールできるようになること。コントロールができなかったら、彼らは外に出てはいけない。
「キャサリンの能力は水。だから私が教育者として任されたの。私も水の能力を持っているからね。まずはいかに能力が抑えられるかを学ばなきゃいけない。人前で能力を隠せないと、すぐに安保隊が飛んでくるからね。だから、はい」
アリシアはキャサリンに水の入ったグラスを渡した。キャサリンの手にグラスがおさまると、ぱりぱりとした音をたてて水が凍った。
「凍らせるのが得意なのね」
「そうじゃない人もいるの?」
「うん、水を操作するほうが上手って人もいるよ。ほら」
アリシアはぐるっとグラスの水の上で指を動かした。すると、水が渦をまいて動き始めた。赤髪の少女がすっと指を上にあげると、水も同じくグラスから飛び出し柱をつくった。
「すごい……」
「ふふ、ありがとう。でも今回は能力を練習するのが目的じゃないんだよ。能力を抑えるのが目的なの。今、キャサリンはグラスを持っただけで水を凍らせちゃったでしょ? そんなことがないように、水が水のままであるように、あんたはうまく自分の力をコントロールしなきゃいけない。できる?」
「たぶん……?」
キャサリンは果たしてそれは難しいのかと疑問に思いながら、再びグラスを持った。「力を抑える」とイメージをもったまま、彼女は腕に力をいれた。だが、水は凍った。少女は何回かやってみたが、うまくいかなかった。
「な、なんで……」
「うーん、たぶんやり方が違うんだと思う。ほら、腕の筋肉に力が入ってるでしょ。そうじゃなくて、リラックスするの。深呼吸して、力を抜いて」
キャサリンは言われたとおりにした。すーっと息を吐いて、彼女はソファの上でまったりと姿勢を崩した。今度こそ常温の水が入ったコップを持つ。
やっと水が凍らなくなった。
「あ、ほら、できたじゃない」
アリシアは微笑んで言った。
「物覚えがいいね。学校でも常にリラックスすることを心がけるのよ。感情的になっちゃ絶対にダメだよ。いい?」
「うん」
ちなみに、この約束を、次の日キャサリンは普通に破りそうになる。誰かの人種差別発言が原因で。
しかし、数日前まで自分の身体は普通の人間のだったのに、なぜ自分がものを凍らせたり動かせるようになったのだろう。気持ち悪い。無意識に彼女は自分の手を見ながら顔をしかめた。それにアリシアは気づく。
「やっぱり、ペストはまだ嫌い?」
キャサリンはハッとするが、なにも答えられない。気まずそうに顔をそらすだけだ。
「わかるよ、私だってペストになるなんて思ってもいなかったんだもの。生きるのにいっぱいいっぱいだった」
アリシアは目を伏せ、淡い青色の瞳の色が濃くなる。
「私、生まれつき心臓が弱くてずっと入院してたの。テレビは見飽きたし、インターネットだって面白くなくなった。外の世界と私をつなげるものは病室の窓だけ。私の命は12歳程度でつきるだろうと言われていた。でも両親はいつも私を支えてくれた」
キャサリンはアリシアを黙って見つめた。
「私は死ぬのが嫌だった。生きたかった。ママとパパと一緒にいろんなことがしたかった。でも私は弱っていくばかり。そして、とうとう私の命が消えようとしたとき、奇跡が起きた」
アリシアはキャサリンの瞳をまっすぐ見つめた。
「私はペストになった。ペストになれば、身体は強化される。私は自由に動けるようになった。初めて、私はママとパパとピクニックに行けたの。でもそんな幸せは長くは続かなかった。安保隊がどこからか噂を聞いたのよ。多分病院の人ね。私を担当した医者たちは私を憐れんで、ペストであることを内緒にしてたのだけど」
表情が少し暗くなる。
「私は追われた。両親は最後まで私を守ろうとした。でも結局、つかまりそうになって、両親は撃たれかけた。そのときマダーが来た」
初めてアリシアは笑みを見せた。
「私は能力をいつでも発動してなければいけない。じゃないとすぐに心臓が弱って死んじゃうの。だから学校にもいけない。ペストの力は私に自由をくれた。走ったり、料理作ったり、いろんなことができる力をくれた。私は幸せよ。マダーは私にブラジルに移住することを進めたけど、私はマダーの仲間や普通の人間たちを助けたかったの。だからここで働くことにした。あるペストは人類に害をもたらすけど、私にとってペストは救いなのよ」
「そう……なんだ……」
キャサリンは驚いて、目を大きくした。知らなかった。こういう人がいるなんて。
「だからペストになったからっていって、自分を責めないでほしい。あんたの大切な人々はあんたが人間でもペストでも変わらず愛してくれるはずよ」
「うん……ありがとう……」
キャサリンはペストになってから、初めて温かい気持ちになった。アリシアの話は彼女のペストへの嫌悪の気持ちを少し薄めた。
「そういえば、なんで日向さんたちって魔力を使うとき、呪文みたいなの言うの?」
ずっと不思議に思っていたことを、キャサリンはアリシアに尋ねた。
「ああ、『炎・なんとか!』みたいなやつでしょ? 実は、私たちはもちろん魔力は使えるけど、なかなか思い通りにやるのが大変なの。ここをこういう風に凍らせたいのに変なところいったり、火花出そうとしたら光だけしかでなかったり、結構難しいのよ。だから、呪文みたいなのをとなえることで、何の能力を使うか、どのような攻撃をするかをしっかりイメージするのよ」
「なるほど! やってみたいな!」
「教えてあげるよ!」
アリシアは笑顔で言った。これで覚えたキャサリンの初めての技が「水・
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