第39話 闇の中で
数十分でふたつの車両は会場に戻ってきた。
「もうライブの時間とっくにすぎているよね、大丈夫かな?」
ペストたちは捕虜をフロスト社の者に渡し、自分たちはアイオロスの仲間を連れ、会場へ急いだ。
「ん?」
彼らは思わず疑問の声を出した。人々の歓声が聞こえたからだ。
「盛り上がってるねー」
「アイオロスがなにか打開策でも思いついたのかな?」
そこでキャサリンは気が付く。音楽に交じって聞こえてくるのは、アイオロスの曲だけではない。
「リーナ……?」
そう、リーナの「いい考え」とは自らが出演し、歌うことだった。アイオロス一人ではなにもなりたたない。音の能力を持ち、音楽家の両親を持つ彼女。いきなりの登場に観客はもちろん困惑した。しかし彼女の声を聴いた瞬間、不満はすべて吹き飛んだ。ステージにいる彼女はもちろん顔が見えないように、特別なマスクで隠している。
「すごい……」
キャサリンは遠くから彼女の歌声を聞き、思わずつぶやいた。
「あはは、うまくいったようだね」
アーベルは笑った。その後、リーナとアイオロスの仲間はすみやかに交代し、観客の盛り上がりは最高潮に達した。
「アイオロスからプライベートのSNSのアカウントをもらったわ! 嬉しい!」
リーナは興奮をおさえきれない様子で言った。
「本当にすごかったよ、リーナ!あんなに歌がうまいなんて!」
「当たり前でしょ! これでも動画投稿サイトのチャンネルは登録者300万人超えているのよ」
「さあ、今日は疲れただろう。君たちは家に戻って休んでいなさい。特にキャサリンは撃たれたんだから、肩に異常がないかアリシアに見てもらってね」
「はい!」
みんなは帰る準備をし始めたが、ヴィリアミはその場にたったまま、アーベルを疑わし気に見つめた。
「どうした?」
にこにこしたままアーベルが尋ねる。
「だめか?」
ヴィルはたった一言だけ言う。だが、アーベルは理解したのか、こう答えた。
「だめだよ、ヴィルには綺麗なままでいてもらいたいんだ」
「……」
緑色の瞳をした少年は不満げな顔をしたが、仕方がないといった感じでほかの仲間に合流した。
「ふ、帰ったな、まぬけどもめ」
人々がたくさんいる会場の隅に、あやしい動きをする数人の影があった。彼らは敵の影が消えたのをみてほくそえんだ。
「よし、作戦通りいくぞ。お前ら、定位置に……」
そのとき、緑色のなにかが地面から生えてきて、その人物の身体を締めあげた。次々とほかの仲間たちも捕まえられる。炎で燃やす時間もなかった。そのまま彼らは引きずられ、会場から出された。
「な、なんッだッ……」
影から背の高い人物が出てくる。にこりと張り付いた笑顔は、威圧感のみ伝える。緑色の瞳に赤褐色の髪。
「僕が君たちのことを気が付かないわけがないじゃないか。あの二人の若者は僕たちをそらすためのカモフラージュ。まったく、他人の純粋な気持ちをこんなふうに利用するなんて、悪党だなぁ」
その人物はからからと笑った。
「お前、まさか『緋色の悪魔』か……! なにをするつもりだッ……!」
「おー、よく知ってるねー。別に『殺し』はしないよ。今からちょーっとした質問をするだけさ。このテロを企画したのは誰だ?」
「!! そんなこと言うか!」
「別に言わないなら、言わなくてもいいよ。ただ君が感じる苦しみは大きくなるだろうねー」
植物が生えてきたかと思ったら、男の腹を貫いた。男は痛みに悲鳴をあげた。
「言わないともっと痛くするよ。これは拷問だからね」
アーベルの顔に暗い影が落ちた。彼は顔をあげ、目を細めてあたりをみまわした。
「安保隊がいるね……。場所をかえよっか」
アーベルは獲物を連れ、その場を去っていく。
「汚い仕事は全部俺がやる。ほかの子たちには絶対にさせない」
彼のこのつぶやきは、すぐに闇に飲み込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます