第38話 攻防戦

 パーキングエリアに止まった一行は敵をひとくくりにまとめ、車の後部座席に座らせ、しばられていたアーティストたちは自由にさせ、トラックに座らせることにした。


「この車のほうが運転しやすいだろう。僕は一応大型トラックを昔運転したことがあるからトラックのほうをやるよ。翔、君が一番年上なのだから、車の運転をよろしく頼むよ」


「……はい」


 しぶしぶといった感じで、少年はうなずく。


「怜とキャサリンは敵を見張っててね」


「了解です」


「ねー、アーベル。ちょっとトイレ行ってきていい?」


「ああ、もち……」


 そこで急にアーベルの動きが止まった。彼は眉間にしわをよせ、警戒した様子であたりを見回した。


「アーベル?」


「……君たち、今すぐに車に乗りなさい」


「え?」


「いいからさっさと乗れ!」


 突然の怒鳴り声にびっくりしたまま、すぐに三人は車に飛び込んだ。次の瞬間銃声がとどろき、窓を開けたまま助手席に座っていたキャサリンの肩に弾が直撃した。


「いったああああああ!!!!!」


 血が噴き出て、激痛が走った。


「はやく行け!」


 アーベルの大声とともに、翔はアクセルを踏み、そのままものすごい勢いで車は道路を走っていった。


「ちっ……感づかれたか……」


 ふうっと銃の筒から出た煙を吹き飛ばしたのは、建物に立っていたとある人物。彼女は短い茶髪の髪をゆらし、冷たく車の行った方向をにらんだ。


「こちら、第一班ハルノ。本部応答願います。どうぞ」


『こちら、本部です。ハルノさん、どうぞ』


「報告をします。ペスト四体、車両にて北に向かって逃走中。引き続き追いかけます。どうぞ」


『了解しました。よろしくお願いします。以上』


 トランシーバーをしまい、背の高い女は長いスナイパー銃を持って、すばやく自分のエアーバイクに乗った。

 彼女の名前は上谷ハルノ。父親はアメリカ人、母親は日本人。安全保障隊、最高峰の第一班所属、19歳にして天才スナイパーである。彼女がその濃い茶色の目の中に秘める願いはただ一つ。ペストを滅することだけである。



「うう……」


 真っ赤に染まった肩を抑えて、キャサリンはうなった。


「傷口が再生する前に弾をだせ」


 翔は運転したまま、彼女に言った。


「だ、出す?」


「じゃないと一生弾が残ったままになるぞ」


「え、で、でもどうやって……」


「指でくりぬくんだよ」


 怜がその動きを再現したが、それは金髪の少女をぞっとさせただけだった。


「嫌だ、痛いよお!」


「大丈夫だよ! たしかにちと痛いけど、俺たちペストが感じる痛みは人間の二分の一だからよ!」


「ええ?!」


 二分の一といっても、さっきから焼けた箸で突き刺されたような熱い痛みがじりじりと肩を焼いている。そして痛みよりもっと深刻なのは震え。イギリス襲撃でも撃たれたからか、その日のトラウマが次々とよみがえってくる。


「そんなに怖いなら俺がやろっか?」


 青い顔をしているキャサリンに、にっと笑った怜だが、彼女はさすがにそのような危なっかしそうな子供にそのようなことを任せることはできなかった。


「おい、いま俺のこと信用できないって思っただろ!」


「当たり前だ」


 翔は鼻を鳴らした。


「うるっさいわね、あんたたち」


 捕虜のひとりがうんざりしたといわんばかりの口調で口をはさむ。


「あんた水の能力もってるでしょ、それでうまく血でも操作して、弾を出せばいいのよ。ちょっと痛いけど、それくらいはペストなんだから我慢できるでしょ?」


「水……」


 あの日起こった惨劇のことは忘れて、今は集中することを少女は意識した。血を少し動かしたときに、また激しい痛みを感じたが、彼女は歯を食いしばって、やっとのことで赤に染まった小さな障害物を取り出した。


「ふん、やっとうまくいったわね」


 捕虜の女は少しあざ笑う調子で言った。


「ありがとうございます……」


 キャサリンは小さな声でお礼を言う。


「俺たちは撃たれた経験がたくさんあるからな……」


 もうひとりの捕虜_女の恋人である_男がため息をついてつぶやいた。


「これ、安保隊の弾だね」


 怜が後ろから、手のひらにある弾をじろじろと見つめた。


「よくこんな小さな車の窓に撃てたな」


「たぶん、上の班の奴らなんじゃないの?それこそ一班とか二班とか」


「だろうな……。リーナたちに報告しなきゃな。怜、頼んだ」


「オッケイ!」


「キャサリン、ちょっと肩を見せろ」


 まだぶるぶると震えているキャサリンを見た翔は、ポケットにひもでつないでいた短剣を取り出し、いきなり自分の手のひらを傷つけた。


「なにしてるの?!」


 彼は無言のまま自身の赤い液体を、彼女の肩に垂らした。


「大地能力者の血は傷をより早く治す」


 ジュゥ……と水が蒸発するような音を立てて、血が止まりぼろぼろだったはずの肩の皮膚がつながった。


「あ、ありがとう」


 キャサリンのお礼の言葉には反応せずに、翔は車両のスピードをあげた。





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