第37話 理由

 氷矢は凍結と似ているが、一つの標的に集中した攻撃ができる点で違う。青白い矢はまっすぐに空中を飛んだが、あたったのはトラックの屋根だった。


「う……」


「落ち込まないで。はやく次の攻撃に切り替えるんだ。君には風の能力があるだろう。それをうまく使って」


「風の能力……」


 少女はもう一度集中した。風の波を感じて、その波に乗せることをイメージする。


 ここだ……


「水・氷矢The ice arrow!」


 スピードが増した矢は前よりも素早く乱れずに、標的に直撃した。


「痛っ!!」


 攻撃は敵にあたり、隙を作った。


「炎・風船葛ふうせんかずら!」


 怜がその瞬間を逃さず息を吸い込み、大きな炎の玉として一気に吐き出す。


「風・突風gust of wind!」


 慌てた彼女は自身の能力を使い反撃しようとするが、逆に燃え上がって拡散した。


「うわっ!」


 驚いた女はトラックから落ちたが、それをアーベルが手のひらから植物を生やし、彼女をキャッチした。


「変なことしないように監視しててよ」


 彼は敵を後ろの席に押し込んでから、キャサリンに言った。


「なんなのよ、あんたら! なんでペストのくせにあたしたちの計画の邪魔をするのよ!!」


「んー? なんの計画? 関係ない歌手のライブを邪魔すること?」


「コンサートの観客どもや演奏家を人質にして、政府にペスト側の意見を飲んでもらうのよ! 対ペスト安全対策法をいますぐやめろって!」


「なんだそれ! あっはははは! おっかしい!」


 アーベルはそれを聞くなり、心底おかしそうに笑い出した。


「そんなアホみたいな手段で政府が意見を聞くと思ってるのかい? ただテロ認定されて安全保障隊を送られ、君たちは死ぬだけさ!」


「ペストのために死ねるなら本望よ!」


「はっ、君たちの『テロ』のおかげでますます安保隊の警戒心が強くなるだけだよ。飛んだ迷惑だ。これだからペストは嫌いなんだ」


「じゃあどうすればいいっていうのよ! あなたたちだっていつまでも隠れているわけにはいかないでしょ?!」


 沈黙が走った。アーベルは少し考えてから、前を見たまま、落ち着いた表情で言った。


「正直僕はあきらめている。人間とペストはどうも共存できないような気がする。ペストだろうが、人間だろうが、クズとバカが多すぎる。もうずっとこんな調子で殺し合いが続きそうだよ」


 キャサリンはそれを聞いて目を見開く。こんな考えをもっているペストがいたのか。


「でも、僕のとある知り合いは言った。『チャンスを待て。いずれ人間がペストに助けを求めるときが必ず来る。そのときに我々の条件を飲んでもらう』ってね。彼女の仲間はそれに影響されて、今も我慢強く戦っている。それを君たちは台無しにしようとしているんだ。だからこの計画は阻止する」


「っ…」


 敵は黙りこむ。


「人間を攻撃したくなる気持ちもわからんでもないけどね。実際僕の母さんだって人間に殺された。でも僕はテロリストにはならない。僕に残ったのはここの仲間たちだけ。この子たちになにも起きないように、つつましく隠れる生活をするのが自分の今の使命だ」


 アーベルはぐるっとハンドルをまわして、トラックと平行に走れるようにした。助手席を見ると、まだ翔ともう一人の敵が取っ組み合っているのが見えた。


「めんどくさいな……」


 アーベルは車窓を開け、窓に向かって攻撃しようとした、が。


「やめてっ!!」


 女がいきなり大声をあげて、暴れだした。


「お願い! 彼だけは殺さないで!」


「ちょっと!」


 キャサリンは無理やり彼女を抑えた。


「どうしたんですか、いきなり……もしかして兄弟なんですか?」


「恋人……」


 その言葉に、アーベルが少し反応したのが、キャサリンには見えた。


「大丈夫、別に殺しはしないから安心して」


 赤褐色の青年は冷静に言い、植物をトラックの中に入れた。全く予想外な方向から飛んできたからのせいか、それは簡単に敵を拘束した。


「しょうー、ちゃんと運転できるかい?」


「なんとか」


「じゃあもうすぐパーキングエリアだからそこまで頑張ってー」


「了解です」


 二つの車は道を進んだ。

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