第35話 会話

 車は静かに水の中を進んでいく。新人であるキャサリンのことをよく知ろうと思ったのか、アーベルはいろいろ質問してきた。


「飛んだことは?」


「まだないです」


「なるほど、いずれ訓練されるだろうね」


「あのっ」


 少女は恐る恐る尋ねた。


「翔と怜はあのまま飛んで良かったんですか? 安保隊とかには……」


「あはは、心配しなくて大丈夫だよ。安保隊はそんなに強くないからね。彼らがペストを捕まえるときは計画的にやるんだ。どの角に追い込むか、どこで他の隊員を待ち伏せさせるか、全て計算してあるんだ。そこに引っかかるのは素人さ。あの子たちは数回追われたことあるしね」


 アーベルは目線をしっかり前に向いたまま、少女に尋ねる。


「しかし、君適応するの大変だったんじゃないの? 正義の味方がいきなり敵になるってさ、なかなか経験しないでしょ?」


「まあ、そうなんですけど……最近結局ペストも安保隊も似たような存在であるって思えてきました……お互い殺し合ってばかりですし……」


 キャサリンは自分の手元を見た。アーベルはニコニコしたまま頷いた。


「そうだね、自分がいくら正義であったとしても、安保隊がペストを潰そうとしたとしても、ペストが安保隊を潰そうとしたとしても、結果的に何も変わらず、ただ関係ない人が大量に巻き込まれて死ぬだけなんだ。それはお互いもわかっているはずなのに、それでも殺し合いを続けようとする……」


 アーベルは目を伏せ、初めて笑み以外の表情を見せた。


「だから俺は嫌いなんだ。人間も、ペストも」


 ほんの少しの沈黙。しかし、赤褐色の青年はすぐに笑顔を戻し、言葉を続けた。


「もちろん、うちの班はすごくちゃんとしてるよ。ヴィリアミはうちの弟子でねー。昔は僕のことお兄ちゃんって呼んでたんだよ。今じゃ考えられないでしょー?」


 アーベルはからからと笑った。ざぶんと音がして、車が地面の上に乗りこんだ。障害はいろいろあったが、アーベルの能力の前ではこんなものは邪魔にはならない。持っている能力は大地。ヴィルや篠崎兄弟と違いたったひとつだが、コントロールが抜群にうまいことで圧倒的力を持つ男。それがアーベル・エークルンド。


「お、見つけたね」


 光、衝撃、音の三つをほんの短い間、二人は見た。それは通り過ぎて行った。トラックの上で、ペストたちが戦っていた。


「師匠ゥゥゥッ!」


 怜の声もトラックとともに遠ざかる。


「わかってるよ、すぐ行く」


 車の窓から出していた頭を車内に戻し、アーベルはアクセルを踏んだ。

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