第32話 裏を見る

「やあやあ、アイオロスくん」


 アーベルは笑みを浮かべて、声をかけた。


「依頼をしてくれてどうもありがとう。君のライブを僕たち七人で全力で守っていくよ」


「その言葉、とてもうれしいです!今回はよろしくお願いします」


「ほら、みんな聞いたかい?約束したんだから仕事しなきゃね。さっきの役割表通りに、動いてー」


 アーベルの声掛けに、キャサリンはぽわーっとしているリーナをひきずらなければいけなくなった。


 昼から夜にかけ、班員たちは数人にわかれ、見回りを行った。キャサリンはヴィリアミ、翔と一緒になった。昼は特に何もなく、そのまま月が昇ってくる。


(夜の路地って怖いな……)


 キャサリンは不安げに辺りを見回す。確か襲撃にあった夜もこのような感じで、悪寒が走った。


「おおおいお嬢ちゃああん」


 突然肩を触れられ、キャサリンは飛び上がった。身体の向きを瞬時に後ろにする。髪の毛はすぐに金色に染まった。それはただの若い男であった。足元はおぼつかなく、ふらふらとしている。目はとろんとしていて、理性がないように見える。


「大人の遊びしようやぁ」


 ねっとりとそう言われ、思わず小さな悲鳴が出る。そのときヴィルが来て、キャサリンにこっちに来るよう手招きした。


「麻薬中毒者だ。無視しろ」


「麻薬中毒者? あれが……?」


「そうだ、ああいうのはよく見かけてたからわかる」


 彼は目を伏せる。緑色の目が暗くなった。

 見かけてた? どこで? 故郷のフィンランドでってこと? キャサリンは初めて彼の過去を気にかけた。だが、ヴィリアミはそれ以上を話さなかった。

 結局中毒者や転がってる酔っ払い以外それといったことはなく、全員再びスタジアムに集合した。


「今日は特に何もなかったね。でも本番は明日だからね」


 アーベルが笑顔を貼り付けたまま言った。


「より注意深く見回らなきゃいけないよ」


「はい」


 全員が返事した。キャサリンはリーナとアイオロスがなにか話しているのを見て、少し微笑んだ。が、突然体の力が抜けて、ふらつきかけたのを翔に支えられた。


「大丈夫か」


 アクアマリン色の瞳が彼女をつらぬいて、キャサリンは少し頬を赤く染めた。


「うん……ありがとう……ただいろいろ今日はいろんなものを見て少し……」


「麻薬中毒者のことか。イギリスには日本と違って身近なものじゃないのか」


「うん、まあ、そうなんだけど……」


 もちろんそういう人たちを見るのは初めてではない。ただ……


「今まではあまり気にしたことなかったっていうか、ペストになってから社会の闇をもっと感じられるようになったの。見て見ぬふりができなくなった……とも言えるかな」


「まあ、俺たちペストは社会の裏に住むものであるからな」


 彼は静かに相槌を打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る