踊れ、闇の中で

第29話 語り

「はい、朝ごはんだよー」


 アリシアがそう言いながら、カップに温かい紅茶を注いだ。安保隊事件から数日たったときだった。翔は約束を守ったので、他の班員は怜と訓練兵の間に何が起こったのかを知らなかった。


「ありがとう! はああああ、やっぱり紅茶って最高だなー!」


 満足した表情でキャサリンは一口飲んだ。

 今日の品種はダージリン。日向はアールグレイを好み、それを買ってくることが多かったが、もちろんどちらも美味しかった。自国のヨークシャーティーが寂しくないわけではなかったが。


「流石イギリス人だな」


 ヴィリアミはそんな彼女を見て、鼻で笑った。


「俺はコーヒーでたのむ。課題に追われていて徹夜した」


「何やってんのよ……。先にやっときなさいよ」


 アリシアは呆れた顔をした。


「うるさいですぅー。めんどくせーものはあとにやるのが俺のやり方なんですぅー」


 二人のやり取りを聞きながら、キャサリンは無意識のうちに怜に目をやる。


「なんだよその目! 俺はやってるぞ!」


 最年少は憤慨した。


「確かに、そういえば怜と翔が課題をためてるとこみたことないな。翔はまだしも怜はためそうなのに」


「なんだと、クリシュナ!」


「教育に関しては……」


 翔が怒る弟のかわりに答えた。


「姉がめちゃくちゃ厳しかった」


「もし俺たちがゲームをしていたりテレビを見たりしていたら、姉ちゃんが来て『宿題やった?』って聞いてくるんだ」


 怜が姉の表情を真似しているのか絶妙な笑顔を浮かべながら言ったので、テーブルにいた人々は笑った。


「やったと言ったら証拠を見せなきゃいけない。見せたらお菓子がもらえた。逆にやってなかったときは……」


「ほうきを振り上げてこう言うんだ」


 怜は振り上げる仕草をして怒鳴った。


「宿題やれゴルアアアアアア!!!」


「そして俺たちがちゃんと机に座って鉛筆を持つまで追いかけてくる」


「これが姉ちゃんの鬼教育!」


 怜はどこか誇らしげに言った。


「こわ!」


 キャサリンは篠崎真莉の意外な一面を聞き驚いた。


「そうだよ、でもお陰で俺たちは宿題をためる習慣はないのさ」


 笑う怜と翔を見て、日向は安心した笑みを見せる。今まで全然姉の思い出話を話していなかったのに、最近はそれをトラウマなく語ることができるようになった。回復している顕著な証だ。


「ん?」


 そのとき、リーナとキャサリンの耳に、家の鍵をまわす音が聞こえた。

 はて、一体誰だろうか? 7人全員ここに揃っているし、ヤコブでも来たのだろうか? 

 次にはドアが開かれる音がし、全員が玄関を向いた。入ってきたのは赤褐色の髪、明るい緑色の瞳をもった青年。


「アーベル!」


 キャサリン以外が声をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る