第28話 ぶつけ合い
「ちょっと、やだ! やめて! 離して!!」
飛び上がった怜に対し、
「離したら落ちるけど」
「ひっ」
下を見た彼女はいかに高いところを飛んでいるかを知り、逆に恐怖で怜にしがみついた。
「大人しくしとけ」
怜は別のビルの屋上に着陸し、少女を離した。
「な、何考えてんの、あんた」
「お前こそなんだよ。せっかくこっち助けてやったのに」
「だって、だって……」
少女はぼろぼろと涙を落とした。
「私、あんたのこと友達だと思ってた……でもあんたはペストで……しかも炎のペストで……」
「うんうん、それはわかった。でも俺がわかんないのはなんで俺がペストだからって勝手に裏切られた気持ちになんなきゃいけないのかってこと」
「だって、ペストはテロリストなんだよ?! 私の両親だってペストに殺された! 何千、何万人の人が毎年ペストに殺されてるんだよ!」
「だからなんなんだよ! 俺のせいっていうのか?! 俺は8歳のときからペストだけど、まだ一度も『人』を殺したことなんかない! 全員が全員そうだと決めつけてんじゃねえよ!」
一息ついて怜は続ける。
「そもそも俺だってこんな力欲しくなかった。普通の人間でいたかったんだよ! ペストになりたくてなったんじゃない! 俺だって君と同じなんだよ……両親はペストに殺されたんだ」
ひゅっと
「だが、そんなペストより俺にとってはお前ら安保隊のほうがテロリストのように見える。何十万人の罪のないペストたちを殺しやがって……」
「は? 私たちは市民の安全な生活を守るために___」
「市民を守るため? 何言ってんだよ! じゃあ明はなんで死ななきゃならなかったんだよ!」
「あきら……?」
「俺の父になってくれた人だ。他のペストが戦ってるのを止めようとして、安保隊に撃たれて死んだ。……なあ、そんなに自分の組織を信じてるなら教えてくれよ。なんで明は死んだんだ? まだ若くて、婚約者もいたのに。いい人だったのに。他の人を傷つけたことなんてなかったのに。なんでだ? どうして明が殺されて、殺した奴は生きている? なぜ罰されない? どうしてこんな不条理が存在しているんだ?」
「じ、じゃあ」
兵士は恐る恐る言った。
「なんで私としゃべってくれたの? 私はあなたの憎い敵なんじゃないの?」
今度は怜が沈黙してしまった。彼は目を伏せ、数秒考えた。
「お前を信じてみたかったから」
大きな黒翡翠の目が、少女を貫いた。
「もちろん最初は全然信用していなかった。でも、さっき俺が正体を現しても、お前は撃ってこなかった。もしかしたらペストのことを理解してくれるのかと思った。だからここに連れてきた。話すために」
「……」
「ま、いずれにせよ俺を通報することはできないよ。なーんの情報も漏らしていないからね。ケイだってただの偽名だし」
少年は笑った。白い歯が光った。
「ここまで連れてきてごめん。ちゃんと帰すよ。ほら、おいで」
さっきは乱暴に抱えていたが、今度は丁寧に優しく俗に言うお姫様抱っこで、
ペスト……ペストは敵……なはずだけど……少なくとも彼は敵ではない。敵なわけない。だって人類の敵はこんなに優しい目をしないはずだから。
少女は思う。
二人はすぐに病院の窓についた。
「話を聞いてくれてありがとう」
少年は丁寧に言った。
「これで会うのは最後だよ。君がペストといるってわかったら、なにされるかわかんないからね」
それでも、心が痛んだ。彼と離れたくなかった。やっと彼の一面が見れた。そんな感じがした。おかしい。彼はペストなのに。いろんな気持ちがごちゃごちゃと混ざってしまい、
「じゃあ、さよならだ」
「うん……」
なにもしてはいけない。このままのほうがいいんだ。
「元気でね」
怜が窓から飛んでいこうとしたとき、バン!と個室の扉が開いたかと思うと、茶髪の医者が入ってきた。
「ペストか?!」
彼は床に落ちていた
「っ!」
「やめて!」
だが、その前に
「!」
あれ、なんで私こんなこと……。困惑したまま
怜は地面に降りると、すぐに能力を解除し、羽を落とした。羽は毎回出すときに生え変わるので、能力を解くときには羽はそのまま落ちるのだ。落ちた羽はかならず踏んで粉々にすることが、ペストたちの間の約束事となっている。そのまま放置すると安全保障隊がペストがいることをかぎつけてしまうからである。
「あ、いた」
怜が自分の羽を砕いている間に、にゅっと翔、そしてヤコブが影から歩いてきた。
「ヤコブさん! さっきは演じてくれてありがとうね」
「ふん。銃声がして個室へ行ったら男三人が転がってるわ、お前が羽のばしてるわで、まったく驚いた。しかし、あの三人を倒してくれたことの礼は言わなければなるまい。この病院がペストとつるんでることがバレたらまずいことになっていたからな」
「じゃあやっぱりあいつらは…」
「うちの患者だ。フロスト社にやとわれ、普段は昼にフロストのマンションを見回っているのだが、最近戦闘で怪我をして入院していた。どういうわけか安保隊の一員がこの病院にいることを聞いて、あれが起こったんだ。身内にいろいろあったんだろうな。まあ、あいつらはすぐに相応の処罰を受けるだろう。しかしフロストは雇う輩をきちんと確認いるのだろうか」
医者は社長に文句を言い、眉間にしわをよせた。
「そういえば、あの安保隊の少女、俺がお前を撃つふりをしようとしたとき、お前を守ろうとしていたぞ。一体なにがあったんだ」
怜はしばらく宙を見上げ、そして答えた。
「別に。気持ちをぶつけ合っただけだよ。情報はなんにも漏らしてないから大丈夫。安心して」
「それが信じられればいいがな」
怜の兄、翔は軽く弟の頭をたたいた。
「もう危険なことはするなよ。身内になにか起こるのはもう嫌なんだ」
「人のこと言えないだろ」
怜はむっとした表情を作った。
「夜な夜なペストを尋問しに行くとか、そっちのほうが危ないことしてただろ。キャサリンがいなかったら、兄ちゃん今頃どっか変なとこ売り飛ばされてたよ!」
「うるさい」
翔は怜の耳を軽くひっぱった。
「は、血筋か? お前たちといいお前たちの姉といい、無茶ばっかりだな」
ヤコブは少し笑った。
「早く帰ってくるといいんだがな…」
兄弟は医師の言葉に黙った。
「ま、てことでお前らも早く戻れよ。夜道は危ないからな。紅井も心配しているだろう」
「うん、ありがとう」
翔と怜はヤコブと別れ、一緒に帰り道を急いだ。二人一緒に歩くのは、姉の失踪以来久しぶりであった。
「しかし、お前が安保隊と会っていたとはな」
「もう会うこともないよ。言いたいことは全部言ったし、それを彼女は受け止めてくれたみたいなんだ。聞いただろ、俺を守ろうとしてくれたって」
「まあな。お前には人の心を変える力があるからな。そういうとこは母さんに似てる」
「そう?」
怜はにっと笑う。
「ね、今日のこと日向にはさ」
「秘密にしとけってことか?」
「さっすが兄ちゃん。すぐわかったじゃん。もし安保隊に自分の正体をばらしたって日向が知ったら、心配しちゃうからさ。よろしく頼むよ」
「わかった」
兄弟は笑い、明るい光が灯る我が家に戻った。
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