第25話 騒動

「明日退院なんだ」


 ある日、病院の個室の中で紫涵ズーハンは言った。


「よかったじゃん」


 怜はあまり気にしていない様子で応えた。それに紫涵ズーハンは少し傷つく。


「私、訓練忙しいから……多分ほとんど会えることがないと思うんだけど……」


 今度こそ。言うのよ、私!


「メール交換できないかn「ねえ!」


 邪魔が入った。いきなりドアが開かれ、茶髪の淡い青い瞳をもった少女が室内に転がり込んできた。


「どうした?」


「はやく来て!」


 見知らぬ少女は怜の腕を掴んで、部屋から出る。その前にちらっと紫涵ズーハンの方を見て、申しわけなさそうな顔で謝罪した。


「ごめんね、急に」


 呆気にとられた紫涵ズーハンを残して、個室の扉が閉まった。


「今のは誰……?」


 紫涵ズーハンはショックでつぶやいた。自分とは正反対の容姿をもつ少女。ケイの彼女なのだろうか……




「キャサリン? 何が起きたんだ?」


「あんたが安保隊のとこに通ってたのバレたの。それで日向さんがカンカンに怒ってる」


「ええ……日向はあいっかわらず心配症だな……」


 足早に家へ帰ると、すぐに怜は座らせられ、彼の前で日向が手を組んで立った。どうやら尾行されて、バレてしまったようだ。


「怜、一体何のつもりなの?」


 怒っている。めちゃくちゃ怒っている。怜は冷や汗をかいた。


「安全保障隊がいかに危険かって、わかってないの?」


「分かってるよ……ちゃんと対策してるって……」


「信用できないよ、その言葉。全く翔といい、あんたといいどうしてそんなに無頓着なの? 真莉だってそういう行動で……」


「違う!!」


 怜は怒鳴った。目と髪から赤い炎が出てきた。怜の悪い癖だ。


「姉ちゃんは違う! 姉ちゃんはそんなんでどっか行っちまうほど馬鹿じゃない!」


「でも2年間もいないのは事実じゃない! お願いだから……お願いだからそんなことはもうやめてよ! 私はもう誰も失いたくない!」


 一瞬部屋が静まり返ったが、怜の怒りはそんなものでは止まらない。


「日向こそなんだよ……姉ちゃんを死者扱いして……俺は姉ちゃんが帰ってくるの信じているんだよ!」


 そう吐き捨て、怜は家を飛び出す。


「あ、こら待ちなさい!」


 日向の止める声も彼を止めることはできなかっ


 た。


「信じる……ね……それができたらどれだけいいのだけれど…」


 日向はぼそっとつぶやくと、その場に座り込んだ。




 怜は夜の街を歩いた。冷たい空気がだんだんと彼の頭を冷やしていく。


(まあそうだよな……)


 少年はぼんやりと考える。


(あんなつらい経験をしたんだ、そうなってもおかしくないよな…)


 空を見上げても星は見えない。


(日向……あれから泣いたのかな……)


 そのまま少し立ってからため息をついた。


「そうだな、もう安保隊へ通うのはやめよう」


 あいつには別れの挨拶くらいしておこう。そう思って、少年は病院へでかけた。


 怜はコンコンと個室のドアをノックした。しかし、誰も出てくる気配はない。


「もう寝たのか?」


 そう一瞬思ったが、そのとき部屋からなにか音が聞こえた。なんだろう? 怜が扉をゆっくり開けると、なにか細いものが飛び出してきて怜の首をつかみ、中へ引きずり込んだ。


「ケイ!」


 紫涵ズーハンの叫び声が聞こえた。部屋の中では大男の三人のペスト、そして紫涵ズーハンが彼らに護身用の銃を構えているのを見た。

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