第24話 脱皮
「よおおし! やるわよ、キャス!」
「うん……」
自信満々なリーナに対するキャサリンの返答は、かき消されそうなほど小さかった。
二人が今いるのはペスト訓練所。だいたい休日や長期休みの間に、ペストたちが自分の技を磨くために来る場所である。サッカー場のようなところで、地面は芝生になっている。
キャサリンとリーナの他に、翔、ヴィリアミ、クリシュナも来ていて、彼らは二人の試合を端っこで見ることにしていた。ではなぜ二人の少女が試合をすることになっていたか。それはキャサリンの風の能力を覚醒させるためである。
「これはあくまでも僕の仮説なんだけど、能力の覚醒条件って恐怖だと思うんだよね」
クリシュナは言う。
「あのときキャサリンが落ちてきた瓦礫を風で吹っ飛ばせたのは、死ぬかもしれないっていう恐怖のためだと思うんだ。だから多分もっと大きな恐怖を感じたら、完全に覚醒するはずなんじゃないかってことで」
闇の能力をもった青年はリーナの方を向く。
「リーナ、キャサリンと戦ってほしい。同じ風の能力をもっているから、キャサリンが覚醒したときには能力を打ち消せるはずだ」
「手加減しなくていいってこと?」
「そうだね、本気でやろう」
「わかったわ!」
「えぇ……」
リーナの本気とか絶対強い……キャサリンは冷や汗をかいた。リーナと向き合い、構える。だが、表情はげんなりしていた。
救いを求めるようにちらっと翔の方を見たら、彼は励ますように微笑んだ。うん、やっぱり頑張らなきゃ。よし、まずは氷の壁を生成して防御しよう。キャサリンは能力を開放し、髪の毛を金色にする。
「じゃあ、行くよ。よーい、スタート!」
「水・
「遅い!」
次の瞬間何が起こったか分からなくなった。とにかくリーナがワープしてきたと思ったら、一瞬でものすごく強い衝撃で向こう側に吹き飛ばされたのである。
今の何?!
キャサリンはやっとのことで泥だらけになった体を起こす。
「うわあ…最初っからすごいな…」
「そりゃあ『本気』なんだからよ」
「あれ、リーナの先生って誰だっけ。ミラさん?」
「ああ、だが戦闘訓練をしていたのは姉さんだ」
「「ああ……」」
翔の言葉に、クリシュナとヴィリアミは納得した。
「真莉はアーベルの弟子だからな。そして皆さんも知っている通り、アーベルの訓練は」
「「「超きつい」」」
起き上がったキャサリンは、すぐに氷塊を作り、迫ってくるリーナに飛ばす。だが、リーナはすーっと息を吸い込んだと思ったら、次の瞬間大声で叫びだした。ただの大声ではない。周りの全ての物、建物さえぐわんぐわんと揺らしてしまうほどの音だ。声の振動は氷塊を割り、キャサリン、そして観客二人(クリシュナはとっさに闇をまとって防御した)を吹き飛ばした。
「まじかよ……」
ひっくり返った体勢のままヴィリアミが呆れてつぶやいた。キャサリンは仰向けでしばらく動けずに、草の上で目を開ける。
「そんなことしてたら殺されるわよっ!」
続く嵐のような攻撃。キャサリンはなんとかそれを避ける。だが、もう体が悲鳴を上げていた。スピードに追い付けなかった。
「とどめね____」
リーナはつぶやき、渦巻きを手の中に作る。キャサリンはもう動けない。ただただものすごいスピードで迫ってくるチームメイトを見ることしかできなかった。
リーナが飛び上がった。彼女の手がおろされるのがゆっくりに見える。刹那、ある記憶がキャサリンに蘇る。
「キャシー! おいでよ!」
にこっと笑った顔。長めの黒髪、青い深い海のような目をした男の子。前髪は左に寄っている。彼が小さな小さなキャサリンの手を握り、リビングに連れて行く。
「父さん! キャシーにも見せてあげて!」
「ああ、もちろん」
背の高い自分と同じ色の髪と目をもった男がほほえみ、二人を軽々ともちあげる。目の前には美しい夕焼けとその色に染まった海が見えた。心地よい風がふき、キャサリンの短い前髪を飛ばした。
「風を感じるかい?」
父は優しく尋ねた。それに兄が強くうなずく。
「うん、いいことだ。いいかい、サミュエル、キャサリン。ちゃんと風と仲良くするんだぞ。お前たちは風の子だからな」
「風の子?」
「そう。つらいときには風が、必ず助けてくれるのさ」
全く新しい感覚が、そのとき舞い降りた。肌が空気の流れを感じた。小さな音がはっきり聞こえるようになった。リーナの風の渦巻きで揺れる草の音さえ聞こえた。でもたった一つだけ確実なことがあった。キャサリンは死にものぐるいで手を伸ばし、リーナの投げた渦巻きを掴んだ。ものすごい衝撃をなんとか抑え込み、もみ消す。一方のリーナは一歩飛び下がり、周りに叫んだ。
「打ち消したわ!」
「やっぱり! 僕の仮説は間違ってなかった!」
「おめでとう、キャス! 私嬉しいわ!」
「おめでとうって……あなた完全に私のこと殺しにきてたよね!」
「まあね、でもこれまだ完全な戦闘モードじゃないわよ」
「本気だって言ったじゃない!」
「本気だったわよ、でも全力じゃないわ。本当の敵だったら、私最初っからあの
「うっ……」
「まあ覚醒したからいいだろ。風のことに関してはリーナに教われ。バランスとか混合魔法は翔でいいだろう」
「うん」
キャサリンはやっと微笑んだ。いずれにしろ自分は強くなったのは事実だ。もっと戦っておばあちゃんにお金を届けないと……
少女は拳を握った。
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