第17話 次の一手
「マダーって……」
たしか自分を助けてくれた人ではなかったか?日向の言葉を思い出しながら、キャサリンはその人物を見る。見た目は普通の人間だが、その真っ白な目だけは異質である。特別な能力でも持っているのか、それとも盲目なのか。
「まあまあ、いずれにせよはやくここからでましょう。翔くんのことはアーベルと怜が家に連れ帰ってるから安心して」
6人は会場を出た。爆発音が聞こえる。
「なんか向こうじゃとんでもないことになっているみたいだわ。何があったの?」
「それは帰ってからにしよう。これじゃあ安保隊が来るのも時間の問題だ」
走っていくキャサリンたちを、見つめる者があった。
「はああ、やっと帰ってきた」
日向はため息をついて、ソファに座り込んだ。
「怜、翔の調子は?」
「まだ寝てる」
「睡眠薬を盛られたみたいだ。一晩で効果はきれるだろう」
そう言って部屋から出てきたのは、茶髪の、眼鏡をかけた人物だ。白衣も着ている。
「この人がアーベルさん?」
キャサリンが尋ねる。
「いいや、残念だったな。私はあの一匹狼のアーベル・エークルンドではない」
「あの人はヤコブ・エルナンデスって言ってね、私たちの担当医なの」
日向が説明すると、マダーも口を開く。
「ええ、つい最近まで12歳の小さな少年でべそかいていたのに、こんなに大きくなってしまって」
「マダー?!」
クスクス笑ってからかうマダーに、ヤコブは顔を真っ赤にして怒る。
「しかし、マダーてっきりまだイギリスにいるのかと思ったよ」
「イギリスの妖精たちにはもうできるだけ対処したわ。それから自分の『子ども』が誘拐されたって聞いたら、嫌でも飛んで助けに行くわよ」
「マダー様はペストのことを妖精って呼んで、私達のことは子どもたちって呼ぶの」
リーナはキャサリンに小声で説明した。
「それでアーベルはどこに行ったの?」
「すぐ次の仕事に向かったよ」
「全くもう、少し休めばいいのに」
日向たちが居間で談笑している間、キャサリンは翔が眠っている部屋へ行った。少女はそのままそばにあった椅子に座って、彼の寝顔を眺めた。長いまつげがよく目立った。
「隣いいかしら」
突然声をかけられ、横を向くとマダーが立っていた。
「ええ、もちろんです……」
キャサリンの返事にマダーは笑い、もう一つ隣の椅子に座った。
「この子を見つけたのは6年前の東京襲撃のときだったわ。両親は彼の目の前ですでに死んでいて、まだ8歳だった怜と一緒に小さくなって震えていた。そして二人の前には、弟たちを守るようにして一番年上の真莉が立っていたの。まだ12歳だったわ。
翔と怜はいつも真莉に支えられ、真莉にとっての支えが翔と怜だったの。真莉がいなくなってから……この子はとても辛い思いをしてきたのね」
マダーは一通り言うと、小さくため息をついた。
「日向さんは翔くんが姉を探しているとは自分には言ってくれなかったと言いました。なんで新人の私なんかには教えてくれたのでしょう?」
キャサリンはずっとひっかかっていた問いを、マダーに尋ねた。
「そうね……」
彼女は少し考え込む。
「やっぱり境遇が似ているからじゃない? あなたも両親とお兄さんが亡くなっているでしょう? 翔はあなたに共感心を抱いていたのかもしれないわ。それに……」
マダーの白銀の瞳は、キャサリンのほうを向く。
「あなたの目は真莉によく似ている。形とか色のことじゃなくてよ? その真っ直ぐさと心の強さが瞳によく出てるの。そこが真莉のとそっくりなの。翔は無意識にあなたと姉を重ねていたのかもね。いずれにしろ、翔はあなたのこと、よく信頼しているということよ」
「なるほど……」
キャサリンは小さくうなずく。
「そういえば、まだ助けてもらったお礼まだ言ってませんでした」
「あら、全然大丈夫よ。本当ならば、能力も消してあげたいのに、私の力不足で……」
「え?」
「あら、そういえば言い忘れてたわね。私は特別な能力を持っているの。それは妖精の力を消す能力。普通の人間に戻す能力なの」
キャサリンはその言葉に息を飲む。
「でもごめんね。力の強い者の能力は、私には消せない。ここにいる子どもたちは全員、私が力を消せなかった者。だから強い子ばかりなの」
「そんな……」
「なぜ妖精同士に差があるのか、どうして私がこんな力を持っているのか、私にはわからない……でもいつか解明したい。妖精たちの秘密を……」
マダーはそう呟いた。その横顔は少し悲しそうに見えた。
次の日の正午ごろに翔は目覚め、怜と日向から長い説教を聞かされた。彼はしょんぼりして、一人勝手に行動したことを謝った。姉は自分のための薬を買いに行って消息を絶った。彼はそのせいで姉の失踪を自分の責任のように感じて、一人でなんとかしようと考えていたらしい。だが、今回の事件でとある事実が浮き出てきた。
「翔は『神の僕』のメンバーにはあったことないんだろ。なら
キャサリンの話を聞いて、ヴィリアミがそう断言した。
「じゃあ俺たちが狙うべきは『神の僕』なのか」
「そういうことになるな、怜。みんなで少しずつ情報を集めていこう」
ヴィルの言葉にチームメイトたちはうなずいた。マダーはすでに別の国に旅立っていった。困っている『妖精たち』を助けるために。
「あの人にはペスト能力削除の他に、大地、瞬間移動の能力も持ってるし、不老不死でもあるの」
夕食を作りながら、日向が言う。
そう、この瞬間移動の能力があるから、キャサリンは一晩でロンドンからニューヨークへと移動することができたのだ。
「不老不死?! ってことはもう何十年も生きてるってこと?!」
キャサリンはそれに驚く。
「ええ、あんな見た目しているけども、実際は120歳くらいだって言ってたよ。戦争の話もきけば聞かせてくれるの」
「そうなんだ……」
見た目は二十歳前半にしか見えなかったが、そんなに長く生きているとは……。なにが彼女の命を永遠にしているのだろう……。
そういえば年配のペストはあまり見かけないことを思い出して、キャサリンは考え込む。
「そういえば、マダーがペストの能力を消せるって言ってたけれど、なんでグレイさんのは消さなかったの?」
「ああ、それね。グレイ一家って代々ペストになる人が多くて、半世紀以上前から他のペスト一家とかたまって暮らしてたのよ。それで私たちとも関わりがあるわけ。一応その人たちに南米に移住したほうがいいんじゃないかって進めたんだけど、伝統はできるだけ崩したくない、能力は消したくないって言ってたのよ。結局最悪なことが起こってしまったけど……」
アリシアは彼女に説明する。
「なるほど……」
ペストたちでかたまって行動する人たちもいる。キャサリンはその事例を今まで見たことはなかった。
「ねえ、キャサリン」
そこで怜が金髪の少女に話しかける。翔も後ろで立っている。
「一緒に花供えにいこうぜ。家族のために。イギリスにいたときはよくやってたんだろ?」
「ええ、そうよ。もちろん行く!」
「ああ、待って。僕も行く。おじいちゃんと親に花をお供えしたい!」
クリシュナが3人に参加した。ヴィリアミはそっぽを向き、親の生きているリーナとアリシアは四人を見て微笑んだ。
「私はまた今度でいいよね」
キャサリンたちが出かける姿を見ながら、日向は青年の写真に向かって言う。彼女は小さくため息をついた。
「真莉、あなた一体どこに行っちゃったのかしら……みんな貴方を待っているのに……」
夕日に照らされた街路樹に一羽の鳥が止まり、その木の葉が揺れた。その深い緑色は、最も美しいと言われた真莉の目の色に似ていた。
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