第15話 リングの上で

「ブリュ……?」


 おそらく英語ではない言葉に、キャサリンは首を傾げた。


「神の僕……? マジで…?」


 ヴィルでさえ呆然としている。まだ分からないという顔をしているキャサリンに、クリシュナが説明する。


「ペストを国が合法的に殺されるようになってから、先進国では殺されないようにチームを組むペストも出てきたんだ。そして『神の僕』っていうのはペストの最大、最強の組織で、安全保障隊にもテロ組織認定されている。

 滅多にしか活動しないから、僕はここで働きはじめて一年くらいたつけど、その一員を見るのは初めてだよ。

 噂によると、12神官は組織の中でも最も強いペストたちを選んで組まれるらしく、役職名はそれぞれフランス革命歴から取られているんだ」


「いくつかの報道機関はそいつらがお前の故郷を攻撃した組織かもしれないと言っているが、あくまで予想だからなんとも言えない。とにかく、あいつらが強いことはマジだと思うから、もしあいつが試合に参戦してきたら俺たちは一瞬でぶっ潰されるわけだ」


「それはまずいね……」


「こ、これは失礼しました、霧月ブリュメール様。何か御用でございますか?」


「いや、少し暇でな。試合を見に来ただけだ。席を用意してくれないか?」


「はい、もちろんでございます」


 霧月は最前席に座ることとなった。


「ふぅ……即死は免れたようだ」


 ヴィルはつぶやいた。


「だが、なんでこんなところに来たんだ?」


 疑問はよそに、司会は大きな声で宣言した。


「では試合を始める。ヨーイ、スタァァァトッッッ!!!」


 たくさんのペストたちが、お互いに突っ込んでいき、すぐにリングの上は大乱闘となった。


「お前は後ろにいろ、ウィルソン!」


「闇・黒の鎧कालाकवच!」


 クリシュナの掛け声で、3人の体は黒い靄が包まれた。


「闇の能力はどんな魔法も通さない、完璧な防御だよ。ただあまりにも強い光には消される可能性もあるから、火属性のペストには無闇に近づかないほうがいい。まあそんなことできる人は今のところ一人しか知らないけどね」


「よし、行くぞ、クリシュナ!」


「ああ!」


 二人は人混みに突っ込んでいく。彼らには自信があった。ここにいる誰よりも強く、経験があると。


「闇・目隠しआंखोंपरपट्टी!」


 クリシュナが他のペストたちの視界を隠し、その次にヴィルが会場ごと揺らす。


「大地・地響きMaan tärinä!」


 プレイヤーたちがバランスを失い、リング上に倒れる。


「氷・氷柱Jääpuikko!」


 ヴィルの第2能力である水が発揮される。氷の柱が地面に生え、一気に数人のプレイヤーたちをリング上から放り出した。キャサリンといえば、人の攻撃を避けるのに精一杯。攻撃する暇もなかった。


 いつしかプレイヤーの数は最初の四分の一程度になっていた。ヴィルとクリシュナは順調に敵を倒していった。事がうまくいきすぎると、人の心には隙間が生まれることがある。そう、油断だ。


「あとちょっとだね!」


「ああ、さっさとぶっ飛ばそう!」


 二、三人を処理したあと、クリシュナは体のかなり大きいプレイヤーに向かった。きっと自分の最初の攻撃は阻止されるだろう。そう予想して2手目も用意する。だが、相手のやった行動はクリシュナの予想とは違った。攻撃しようと飛び上がったとき、足を掴まれたのだ。そして、脳の処理が終わる前に彼は投げられた。

 

 一般人には人間の体を放るのは難しい。ましてや体育館ほどの大きさのあるリングの外には、到底無理なはずだ。しかし、その巨体にはできた。哀れな黒髪の少年の体はリングを飛び越え、床に叩きつけられた。


「クリシュナ!!」


 キャサリンとヴィルが同時に叫んだ。クリシュナが気絶したことにより、二人の体を守っていた闇が消える。


「クソッ。まさか、身体強化のやつか」


 ペストは火、水、風、闇、大地の五大属性以外の力、性質をもつ者がごくごく稀にいるが、その一つに身体強化という身体制御能力を格段に飛躍させる能力がある。自分がもっている魔力の適応能力に追加で素晴らしい運動神経も持ち合わせているのだ。


「やっかいだな……」


 魔法は身体強化をもった者にはあまり効かない。炎ならば効果抜群なのだが、あいにくヴィルにその力はない。緑眼の少年はキャサリンのそばに立った。巨体が襲ってくる。


「氷・氷柱Jääpuikko‼︎」


 床に手を触れ、そう言えばふたたび高い氷が生える。さすがにこの厚さの氷は突破できまい。しかし、ヴィルの考えは甘かった。相手はそのまま壁を強行突破し、二人に向かって手を伸ばした。


「ッ! ウィルソン、離れろ!」


 ヴィルは叫び、思いっきりキャサリンを押した。そのまま彼は敵に頭を捕まれ、ものすごい勢いで床に叩き付けられた。


「ヴィル!!」


 少年はうめき声をあげた。額から血が流れている。巨体のプレイヤーはそのままゴミのように、彼をリングの外へ放り投げた。そして、キャサリンは気がつく。今この戦いに残っているのは自分、そしてこの巨人だけだと。


(ヴィルとクリシュナのためにも絶対勝たないと!)


 キャサリンは決心するが、自分の能力は弱い。どうすればいいのだろう? 最終的に少女は走ることにした。彼女の肉体は軽い。相手よりも走りやすいだろう。そして長期戦に持ち込むのだ。


 彼女は走り続けた。ぎりぎり捕まえられるか、逃げられるかのラインを、走り続けた。観客席からは、試合がつまらないとブーイングや野次が飛んだが、キャサリンはそれに反応する暇はなかった。

 しかし、敵には効果があった。巨人は、たかが学生くらいの少女を捕まえらないことにだんだんイラついてきたのだ。そして、それが油断を生んだ瞬間、彼女は手を彼の方に向け叫んだ。


「水・凍結Freeze!」


 これはアリシアがキャサリンに教えた技である。空気中の水分が相手の顔に集まり、雪となりそしてカチカチに凍る。対してダメージは与えないが、冷たくて痛かったのか、男は怒号をあげ突っ込んできた。


「っ!」


 キャサリンは逃げようとしたが、もうへとへとに疲れていて体が思うように動かなかった。次の瞬間、相手に思いっきり蹴飛ばされたが、彼女の体はかろうじてリング上に残った。蹴られた腹はかなり痛いが、大地属性の者ほどではないものの再生能力のあるペストならばすぐに治るはずだ。キャサリンが立ち上がろうとしたとき、ふとペストマスクの人物と目があった。霧月ブリュメールだ。マスク越しに見える深い青い目は、少し愉快そうに光っていた。


「なぜそんなに勝とうとするのだね、お嬢さん。そんなにペストが欲しいのかい?」


 彼は優しい声で尋ねたが、どこか滑稽に思っているようにも聞こえた。


「わ、私の友達が売り飛ばされそうになっているからです」


 少女は腹をさすりながら、真面目に答えた。


「あの人は水の他に、大地、炎の能力をもっているから、みんな欲しがると思う。だから、私は絶対一位にならないといけない!」


 彼女の言葉を聞いた霧月に、ちょっとした表情の変化が起こった。彼は驚いたのだ。


「その友達、ひょっとして『篠崎』という名字がついていたりしないか?」


「え?」


 今度はキャサリンが驚く番だった。なぜ12神官が彼を……?

 しかし、霧月は少女の表情を見て、完全に理解したようだった。


「なるほど、作戦変更だな」


 彼は言い、ゆっくりと自分の長い人差し指を、キャサリンに突進しようとしてきた巨体のペストに向けた。

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